旅の物語

「TSUNAGARI(ツナガリ)旅」に出よう

第10回 函館でバイダルカに出会った

函館、そしてカナダ

〔写真:函館市北方民族資料館に展示されていた3人乗りバイダルカ〕
カナダの先住民との関わりから、北海道のアイヌにも強い関心を寄せている僕は、函館で「北方民族資料館」なる施設も訪れている。来館者は少ないんだろうなあと思いながら入った昭和の雰囲気たっぷりの建物で、僕はいきなり驚愕させられてしまう。3人乗りの「バイダルカ」が正面にあったのだ。なんと3人乗りなのだ。

〔写真:穴の中に下半身をすっぽり入れるので冷たい水で濡れることがない〕
バイダルカとはロシア語で言うカヤックのこと。北太平洋エリアでラッコなどを捕っていた先住民が、木製フレームと海獣の皮を使い、下半身が艇内にすっぽり入る狩猟用の小舟を生み出した。そしてこの3人乗りバイダルカ=カヤックは1875年、日本とロシアの千島・樺太交換条約締結の際、開拓使長官の黒田清隆らが千島列島の新知(しんしる)島に赴いて蒐集したものなのだそうだ。

〔写真:ピーターボロのカヌー博物館で見た1人乗りのカヤック〕
多くのカヤックは、僕がカナダ・オンタリオ州のピーターボロにある「カヌー博物館」で見たような1人乗りだ。しかしこれは3人乗り。先住民はカナダのバンクーバー島、アラスカ、アリューシャン列島、そして北方領土へと連なる千島列島辺りでロシア人などに強制されてラッコ猟をさせられていた。そしていつしかたくさん荷物が積めるようカヤックは大きくなっっていった。

〔写真:ピーターボロのカヌー博物館に展示されていたオープンデッキのカヌー〕
カナダは「カヌーの聖地」と言ってもいい。内陸部の川や湖を進むオープンデッキのカヌーと、北の海で活躍するカヤックの両方がカナダで生まれた。カヌーは白樺の樹皮、バイダルカ=カヤックは海獣の皮、ともに自然の中にあるものでできている。函館はカナダ・ハリファクスと姉妹都市だとは知っていたが、こんな形でカナダと函館がつながるとはびっくりだ。

〔写真:北方民族資料館に展示されていた「蝦夷錦」〕
ラッコの毛皮は冷たい海でも平気なようにびっしり毛が生えていて暖かい。だから中国・清朝の上流階級で高級品としてもてはやされた。中国に持ち込むと高値で売れるから、カナダや北大西洋の先住民が白人に脅されながらバイダルカ=カヤックでラッコ猟をさせられた。ラッコをはじめとする北太平洋エリアでの交易を通じ、北海道のアイヌにはあでやかな中国の衣服ももたらされた。「蝦夷錦(えぞにしき)」という。カナダ、北太平洋、そして中国と想像もつかないようなツナガリを持っているのだ。

⇒〔続きを読む〕第11回 アイヌのガラス玉

しあわせ写真

極めて珍しい3人乗りバイダルカ

どうしてこんなものが函館の北方民族資料館に展示されているのだろうと思ってしまう。白人に強いられ、高く売れるラッコの毛皮を捕らされていたカナダ、そして北大西洋の先住民。少しだけそんな背景を知ると、この古びた船体がすごいものだと感じるようになると思う。