〔写真:和紙の原料となる楮(こうぞ)の皮〕
手で漉(す)くにしても、機械で漉くにしても、和紙づくりの原料は本来、この写真の楮(こうぞ)のように、固い皮のすぐ内側の靭皮(じんぴ)部という柔らかい部分を乾燥させた状態で農家から納品されてきた。ところが楮を育てて収穫し、蒸して皮をはぎ、といった大変な工程を経て納品してくれる農家は急激に減っているのだそうだ。
〔写真:土佐ジローの卵を使ったバニラソフトクリーム〕
「和紙」と聞くとどうしても手漉き作業の光景が頭に浮かぶけれど、もちろん手漉き作業が和紙づくりのすべてではない。幸運にも高知入りした僕は、楮の刈り取り現場を見せていただけることになり、山の上の楮畑へ向かうことになった。そしてその道すがら、高知の地鶏「土佐ジロー」の卵を使ったバニラソフトクリームにありつくことができた。「やりゆうよ」、やってるよ、という高知弁の暖簾がこの売店が営業中であることを教えてくれる。
〔写真:仁淀川の美しい流れ〕
鶏肉と卵、その両方を用途として放し飼いされる健康的な土佐ジローの卵がソフトクリームに濃厚な味わいを与えている。「ふふふっ」と勝手に笑いが出てしまうほどにうまい。売店の後ろには透明で青く澄んだ仁淀川(によどがわ)が流れている。その神秘的な青さから「仁淀(によど)ブルー」の名で知られている。僕がふだん目にする川はコンクリートの力で抑え込まれているけれど、仁淀川は実に自由にのびのびと流れていた。
〔写真:楮の畑へと向かう道路はいよいろ狭くなってきた〕
絶品ソフトクリームを食べたあと、車はどんどん山道を登っていった。時折、道路の下の方を流れる仁淀川が視界に入る。上流に向かうにつれ仁淀ブルーはさらに奇跡的な青さを強めていた。そして道路はどんどん、行き違いなど不可能なほどに狭くなっていく。かなり山を登ってようやく楮の畑に到着した。楮は日当たりのいい開けた場所でよく育つ。つまり、畑は山の上にあるということだ。
〔写真:ようやくたどり着いた山の上の楮畑〕
和紙の原料となる植物には楮、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)の3種類があることは聞いたことがある。知識として知っていたということだが、楮が地面から生えているのを見たのは初めてだ。この植物から土佐和紙がつくられ、はるか北極近くの集落でイヌイット版画に生まれ変わるのかと思うと不思議な思いにとらわれてくる。そして思った。楮畑は残念ながらビジネスとしては成立しない。いったいこの先、誰が楮を育てるのだろう、と。土佐和紙の、いや日本の和紙全体の「足もと」を見つめる必要があるのだ。
⇒〔続きを読む〕第16回 国産の原料でつくる和紙
しあわせ写真
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楮(こうぞ)の皮
黒くて固い外側の皮のすぐ内側に、「靭皮(じんぴ)部」と呼ばれる柔らかい皮がある。これが和紙の原料となる。「ザ・和紙づくり」のイメージがある紙漉きの作業だけが和紙づくりではない。楮を育て、楮畑を守ることからすべてが始まるのだ。