旅の物語

メープルシロップ ワンダーランド

第10回 リンゴのお酒とリンゴのパイ

カナダ・ケベック州

セントローレンス川の南にあって、アメリカと国境を接しているケベック州のイースタン・タウンシップスというエリアをご存じだろうか。1776年にアメリカがイギリスからの独立を宣言すると、イギリス国王に忠誠を誓い、独立に反対する「ロイヤリスト(王党派)」と呼ばれる人たちがアメリカからこの地にやってきた。

ここからイースタンタウンシップスの開拓の歴史が始まる。さらにフランス系カナダ人やスコットランド人も加わり、農業や酪農が盛んな土地として発展を遂げていく。
今、イースタン・タウンシップスは、メープルシロップを生み出す砂糖カエデの森やリンゴ畑などが広がり、オーベルジュもたくさんあって、自然と食が楽しめる人気の観光スポットとなっている。僕はここで、リンゴのお酒「シードル」とアップルパイが人気のリンゴ農家「レ・ヴェルジェール・ドゥ・ラ・コリン(Les Vergers de la Colline)」に立ち寄ることにした。

僕を迎えてくれた「若だんな」がちょっとトム・クルーズ似のイケメンで、自慢のシードルをグラスに注いでもらえないかとお願いしたところ、「カメラを見ながら注ぐのは難しいよ」と言いながらも笑顔で頑張ってくれた。
「カメラ目線は要らないのでグラスを見て」と言って撮影した写真がこれ。なんていい人なんだろう。
リンゴからつくられるお酒「シードル」は実はフランス語で、イギリスではサイダー(Cider)、スペインではシードラ(Sidra)、イタリアではシドロ(Sidro)、アメリカではハード・サイダー(Hard Cider)と呼ばれている。

単にサイダーと言うと、イギリスならお酒、アメリカならノンアルコールのリンゴジュースを指すのだが、なぜか日本では誰もが思い浮かべるノンアルコールで果汁すら入っていない炭酸飲料がある。どうして「サイダー」が、あの「サイダー」になってしまったのだろう。
英語ならサイダー、フランス語ならシードルと呼ぶリンゴのお酒は、リンゴを砕き、果汁を絞り、発酵させて作る。果汁からつくられているしアルコール度数も低いので、お酒には強くない人にもぴったりだ。

ケベックではシードルづくりが盛んで、ケベックに来たら普通のシードルだけでなくアイスワインのリンゴ版「アイス・シードル」もつくられている。ブドウの場合と同様、冬になってもリンゴを収穫せずにそのままにしておくと、寒さで実が凍ったり溶けたりを繰り返してその中に濃厚な果汁をたくわえるようになる。その果汁でつくるのがアイス・シードルだ。
たぶん、日本ではそうそうお目にかかれない。ケベック土産にぜひお勧めしたい。

リンゴ園を案内してもらっていると、なんと「トム・クルーズ・父」も登場。いっしょに写真を撮りましょうよと言うと、急いでりんごをキュキュキュっと磨いてから笑顔で応じてくれた。
それにしても親子ってのは、醸し出す雰囲気が似ているもんで、いい人の息子はいい人になるんだなあって妙に関心させられてしまった。
とにかくなんていい人たちなんだろう。

このリンゴ農家はシードルだけでなく、アップルパイも最高なのだ。取材の最中も次々と地元の人がホールでアップルパイを買っていった。
店内は食事やお茶を飲めるスペースもあって、ここで「トム・クルーズ・息子」が人気のアップルパイとアイス・シードルをふるまってくれた。
アップルパイはけっこう甘いけれど、中のリンゴがけっこう酸味があり、シャキシャキとした歯ごたえもちゃんと残っている。だから甘いケーキを食べているのではなく、リンゴを味わっていることがしっかり感じられる。
実はここ、イースタンタウンシップスに行ったら是非とものぞいてほしいお店なのだ。特にアップルパイが好きというわけではない、という人もきっと、アップルパイの虜(とりこ)になるはずだと僕は思っている。

この記事は2014年ごろの取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを一部、加筆・修正しています。

⇒〔続きを読む〕第11回 ビッキーさんの料理教室

しあわせ写真

イースタンタウンシップス

ケベック州の南部にあるイースタンタウンシップス。この土地を表現するなら、美しい風景と食と農、ということになるだろう。