旅の物語

ケベック謎解きの旅

第4回 砂糖小屋にて

カナダ・ケベック州

ヨーロッパに持ち込むと高級帽子に変身するビーバーの毛皮を求め、ヨーロッパ人はのちにカナダとなる地にやって来た。冬は氷点下20度、30度が当たり前のところにやって来て、彼らは毛皮の交易人「ファー・トレーダー」になった。
僕は勝手に、ヨーロッパ人が厳しい冬を生き抜くことができた理由の1つにメープル・シロップの存在があるのではないかと考えている。例えば、山で遭難した人がポケットに入っていたアメ玉で何日間かを耐えて救出された、なんてニュースを耳にしたことがある。メープル・シロップの甘さは、厳しい冬において重要なエネルギー源だったのではないだろうか。

メープル・シロップは「メープル・サップ」と呼ばれる砂糖カエデの樹液から生み出される。2~3パーセントほどの糖分を含んだ樹液を煮詰めると甘いメープル・シロップになる。理屈は極めて単純だ。真っ白な砂糖はあまり体によくないとも聞くけれど、樹液を煮詰めただけのメープル・シロップには体に悪いものなど混ざりようがない。
ただし、砂糖カエデの原生林があるのはケベックやオンタリオなどカナダ東部の州とアメリカの一部のみ。だから世界のメープル・シロップの約80パーセントがカナダで生産され、うち約90パーセントをケベック州産が占めている。

もうお気づきだと思う。メープル・シロップはカナダ中で売られているが、ケベック州やオンタリオ州などで作られたものを運んでいるだけだ。以前、バンクーバーでお土産にメープル・シロップを買った時、店員のお兄ちゃんが照れくさそうに言っていた。
「本当はこっちじゃメープル・シロップなんて採れないんだけどね」
だからケベック人にとって、メープル・シロップは特別な存在なのだ。彼らは毎年春になると、できたばかりのメープル・シロップをまとめ買いする。その単位は「4リットル」とか「1ガロン」。娘夫婦の分も買っておこうと、もう「4リットル」みたいな買い方をする。日本なら、東京に住む子供の家に田舎からコメを送るようなものだろう。

そしてケベックの人たちのメープル・シロップの使い方は尋常ではない。肉にもかけるしコーヒーにも入れる。とにかく何にでもメープル・シロップをかけると言っても言い過ぎではない。
極め付きはやはりスイーツでの使い方だろう。ケベックの伝統料理を味わえるレストラン「オー・ザンシアン・カナディアン」で食べたメープル・シロップ・パイにはガツンとやられた。シロップがたっぷり染み込んでいるプディングの上から、さらにシロップをかけてある。口に入れたとたん、メープル・シロップの樽の中に頭を突っ込んだような気分になる。

ヨーロッパからやって来た白人たちは、どのようにしてメープル・シロップと出会ったのだろうか。その謎を突き止めるため、まずは砂糖カエデから樹液を採取し、メープル・シロップを作り出す「製造現場」を訪れることにした。
ケベックを車で走っていると、こんな道路標識に出くわす。屋根の下にカエデ、そしてフォークとナイフ。これが、メープル・シロップを製造する砂糖小屋=シュガー・シャックのマークだ。

シュガー・シャックはメープル・シロップを作るだけでなく、パンケーキや豆の煮込みなど、シロップづくりにちなんだ素朴な料理を味わえるレストランのような存在でもある。
ドリルで砂糖カエデの幹に穴を開けて採取口を取り付け、バケツをぶら下げておくと中に勝手に樹液が溜まるという仕組みだ。
もっとも、樹液の採取時期は3月中旬から数週間のみ。僕が訪れた2月上旬は時期が早すぎて、穴をあけても何も出ては来なかった。ところが、この毛皮の帽子をかぶったシュガー・シャックのおじさん、「樹液を流してやるよ」と言うと採取口に雪を詰めて指で温め始めた。

僕はそんなことは要求していないし、これは文字通りの「ヤラセ」だ。しかし僕の苦笑いなど意に介さず、おじさんは「ほら、早く撮れよ」と言わんばかりだ。成り行きで「共犯」みたいになってしまったが、イメージカットということでお許しいただきたい。
実際には、今も金属のバケツで樹液を採取しているのは小規模なシュガー・シャックだけ。多くの場合、幹に差し込んだ採取口に細いパイプを取り付けて、流れ込んでくる樹液をシュガー・シャックの中にある大きなタンクに溜めている。

さて、メープル・シロップにはパンケーキにかけたり料理に使ったりするほかに、「メープル・タフィ」という楽しみ方がある。シロップを温め、平らにならした雪の上に真っすぐたらす。少し冷えて固まってきたら木のヘラでくるくると巻き取るようにしていくと、柔らかいキャンディーのようになるのだ。
僕が初めてメープル・タフィに出会ったのは、かつてオーロラの取材で滞在したロッジでだった。「やってみるか?」と勧められたので雪の上にメープル・シロップを流してみせたら、「おー、さすが日本人、同じ幅でまっすぐだ」と妙に感心されたことがある。「ものづくりニッポン」みたいな感じで、多少なりとも日本のイメージアップに貢献できたのなら、うれしい限りだ。

甘いメープル・タフィーを楽しみながら僕は思う。極寒のカナダにおいてこの甘さは実に貴重なものだったろう、と。だから「よそ者」には絶対に秘密しておきたい甘さだったろう、と。
一般的に先住民と白人の関係は、搾取する側とされる側というイメージだ。実際、アメリカ大陸の先住民は、銀鉱山やサトウキビのプランテーションで奴隷のように働かされたし、西部劇の映画ではインディアンは白人に襲いかかり、家に火をつけ、入植者の家族を殺す存在として描かれることもある。

ところがカナダでは、先住民がごく自然に、白人にメープル・シロップの存在を伝えたと言われている。だとすると、少なくとも出会ったころの両者はある程度良好な関係にあったはずだ。そうでなければ、厳しい冬を生き抜く貴重なエネルギー源であるメープル・シロップの存在をよそ者に教えるはずなどないと僕は思うのだ。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアター https://www.canada.jp/ に掲載したものを加筆・修正しています。

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しあわせ写真

メープル・タフィー

ケベックの人たちにとって、メープル・タフィーは子どものころから慣れ親しんだ味。だからみんなメープル・タフィーが大好きだ。鍋で温めたシロップを雪の上にたらす。だからこの味は、商品化できない。カナダに、ケベックに行って体験するしかないのだ。