旅の物語

ケベック謎解きの旅

第11回 ヌーヴェル・フランスの終焉

カナダ・ケベック州

毛皮交易人=ファー・トレーダーたちはトゥークという名の赤い帽子をかぶり、先住民のトラッパーを訪ねて回った。彼らは生臭いカリブーの血を飲むことまでして先住民との関係を構築していった。それはただ、帽子となって富をもたらしてくれるビーバーの毛皮を手に入れるためだった。ただし、トラッパーのもとに足を運んだのはもっぱらフランス人であって、イギリス人は砦にこもって先住民が毛皮を持ち込んで来るのを待つというスタイルだった。こうした違いはまさに国民性、民族性ということなのだろうか。

さて、カナダという国を地図で見ると、右上から丸くえぐられた大きな湾があるのが分かる。それが「ハドソン湾=ハドソン・ベイ」だ。湾に面した街の中には、「ポーラーベアの都」とも呼ばれるホッキョクグマ観光の拠点チャーチルがある。ツンドラバギーという特殊な車両に乗り、極北に住むこの白いクマを間近で見ることができる人気の観光スポットだ。

少しカナダに詳しい人なら、「ハドソン・ベイ」と聞いて地理上の「湾」だけでなく、別の「ハドソン・ベイ」を思い浮かべる人もいるだろう。例えばケベックにやってくる途中、トロント空港で僕が見かけたビーバーと赤いカエデの模様のマフラーも「ハドソン・ベイ」の商品だった。「ハドソン・ベイ」という会社は今、カナダの各都市でデパートを経営したりしていて、大きな空港ならハドソン・ベイのショップもある。

「ハドソン・ベイ」とはもともと、イギリスが毛皮交易のために設立した「ハドソン湾会社」だった。大西洋からハドソン湾に入ったイギリスが、湾の沿岸部に設置した毛皮交易の拠点の1つがチャーチルだ。街の名前は、「ハドソン湾会社」の総裁だった「チャーチル卿」に由来する。
イギリス、そしてチャーチルと聞くと第二次世界大戦時のイギリス首相、ウィンストン・チャーチルを思い浮かべる人もいるかもしれない。実は僕らが知っているチャーチルは、「ハドソン湾会社」総裁、チャーチル卿の9代目の子孫なのだ。

それはともかく、ハドソン湾会社は当時、毛皮交易においてフランス領「ヌーヴェル・フランス」に遅れをとっていた。なにしろフランス人は、わざわざ自分からトラッパーのもとを訪れ、勧められればカリブーの血も飲み干していたのだから、営業という観点からは砦にこもるイギリス人とは格段の差があったと言える。まさに「営業は足で稼げ」といったところだろうか。

1608年、サミュエル・ド・シャンプランが毛皮の交易所を設けた「ケベック」は、先住民アルゴンキン族の言葉で「狭い水路」を意味している。ケベックの象徴的な建築物であるホテル・シャトーフロンテナックが、川幅が狭まったセントローレンス川を見下ろす崖の上に建っているのを見ると、砦が天然の要塞とも言うべき場所に築かれたことがよく分かる。

そんな要害の地にあったケベックも1763年、イギリスのものとなってしまう。北米での権益をめぐるイギリスとフランスの戦争で、ケベックがあえなく陥落したのは1759年のこと。フランス領「ヌーヴェル・フランス」はこの敗戦を受けて、「イギリス領ケベック植民地」となってしまうのだ。
それでもケベックは、今もフランスを色濃く感じさせる街だ。石造りの建物の外壁に見られる「S」のような形の金具は、建物内部の梁を引っ張って強度を増すためのものだ。

こうした古い家には建てられた年が記されたパネルが貼り付けられていたりする。「1725」。まだここが「ヌーヴェル・フランス」だったころの建物も、ケベックでは当たり前のように見ることができる。

セントローレンス湾に浮かぶオルレアン島も、初期のフランスによる入植当時を感じることができる場所だ。赤い窓枠の石造りの農家や協会などを今も目にすることができる。

ケベックを走る車のナンバープレートには、「Je me SOUVIENS」(ジュ・ム・スヴィアン=私は忘れない)という意味のフランス語が書かれている。ケベック州が掲げる標語だ。
その意図するところは諸説あるけれど、イギリスの植民地となってもカナダになっても、ケベック人として誇りを忘れはしない、ということなのだろうと僕は解釈している。
ビーバーの毛皮が生み出す富に惹かれたフランス人が建設した「ヌーヴェル・フランス」は、同じように毛皮を追い求めたイギリスの力によって終焉を迎えることになった。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアター https://www.canada.jp/ に掲載したものを加筆・修正しています。

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しあわせ写真

ケベック・シティのフランス様式の建物

古いフランス様式の建物が今も残るケベック・シティ。かつて火災が相次いだことから、煙突を防火壁で囲むという基準も設けられていたことがうかがい知れる。