旅の物語

メープルシロップ ワンダーランド

第8回 黄金色のワイン

カナダ・ケベック州

カナダのワインと言うと、空港でお土産として売っている甘いアイスワインを思い浮かべる人が多いかもしれない。ブドウの実を収穫せずに、あえて枝に付いた状態のままで冬を迎える。凍っては溶ける、凍っては溶けるという過程を繰り返し、小さく引き締まったブドウの実から、ぎゅっと濃縮されたごく少量の甘い果汁が生み出される。この果汁から作られるのがアイスワインだ。手間がかかる分、少々値も張る高級ワインだ。

でも、カナダにはナイアガラ地方やブリティッシュ・コロンビア州のオカナガンで世界レベルの赤ワイン、白ワインが作られている。なんでもアメリカとの貿易協定によるカリフォルニアワインの進出に危機感を強めた州政府やワイン農家の頑張りが、ワインの味と質を飛躍的に向上させたんだそうだ。残念なのは生産量が少ないこと。その多くが国内消費に回るため、日本ではなかなかお目にかかる機会がない。

そんなカナダ産ワインの中でも、カナダ国内にいてさえ簡単に飲むことができないのがメープルシロップ100%の「メープル・ワイン」だ。この珍しいワインを作っているのが元小学校教師で、退職後に「ムーン・シャドーズ・エステート・ワイナリー」をオープンしたエリックさんだ。
オンタリオ州のハリバートンという街にこのワイナリーはある。ひとくちに「メープル・ワイン」と言っても、白ワインにメープルシロップを混ぜただけでも「メープル・ワイン」と呼ぶようなので、明確な定義は難しい。しかし、エリックさんが作る3種類の「メープル・ワイン」のうち、甘さ抑えめの「ゴールデン・メープル」と、デザートワインの「メープル・シュガー」は、ともにメープルシロップ100%だ。

残る「Cin-ful Maple」もシナモンを加えただけでほぼ100%だというのだから、3種類ともまさに「メープル・ワイン」の名にふさわしい一品だ。
僕もエリックさんに注いでもらい、「ゴールデン・メープル」を味あわせてもらった。その名にふさわしく、グラスの中の液体はまさに黄金色(こがねいろ)だ。琥珀色とは違う、やはり黄金色なのだ。口に含むとメープルシロップの甘味がほんのり残りながら、その風味や香りはかつてメープルシロップだったことを強く主張してくる。

爽やかだけれど個性的で、意外にパンチが効いている。だからエリックさんも、「ポークやチキン、ターキーなど、あっさりした食材の料理に合わせた方がいい」とアドバイスしてくれた。僕の頭にすぐに浮かんだのは刺身だった。淡泊な白身の魚で、メープルの香り豊かなこのワインを楽しみたい。ホタテなんかもいいと思う。
エリックさんは、教師だったころから家でメープルシロップを作っていたけれど、いつしかメープルシロップでワインを作ることはできないだろうかと考えるようになったそうだ。

「ほかのメープル農家とは違うことがやりたい、メープルシロップはカナダのシンボルのようなものだから、何かもっと違うことができたらと考えたんだ」
何年も試行錯誤を繰り返し、家族や友人に試飲してもらい、何度もNGを出されながらようやく今のテイストに到達したそうだ。
このワイナリーでは、ストロベリーやラズベリー、ブルーベリーにクランベリーなど、さまざまなフルーツワインを作っている。そこまでなら普通かもしれないけれど、ほかのワイナリーと決定的に違うのは、フルーツワインの発酵にもメープルシロップの糖分を使っているという点だ。

「ゴールデン・メープル」「メープル・シュガー」という2つの「メープル・ワイン」はともに、年間生産量が600リットルほどしかないそうだ。このワイナリーと出会ってしまった僕にとって、最大の関心事は、このワインを日本で楽しむことができるのかどうかという点だ。
「オンラインで購入したりできるのか」とエリックさん聞いてみた。答えはNO。エリックさんが取得しているのはオンタリオ州でのライセンスのため、残念ながら州や国をまたいで直接、販売することはできないんだそうだ。もちろん州内ならオンライン購入も可能だという。
なんとかならないものだろうか。
黄金色のワインは、僕の心を千々に乱れさせ続けている。

この記事は2014年ごろの取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを一部、加筆・修正しています。その後、エリックさんは「ムーン・シャドーズ・エステート・ワイナリー」の経営権を別の方に譲られたと聞いています。

⇒〔続きを読む〕第9回 本当の大冒険

しあわせ写真

僕が出会ったメープルのワイン

メープルシロップから作られる黄金色の「メープル・ワイン」。なかなかの美味だった。