旅の物語

カナディアン・ロッキーを越えて

第5回 バンクーバー朝日軍

ブリティッシュ・コロンビア州、アルバータ州

ロッキーマウンテニア号の旅も、初日はそろそろ終わりのようだ。列車は宿泊地、カムループスに近づきつつある。この辺りは非常に乾燥した地域で、フレーザー川は相変わらず満々と水をたたえているものの、周囲の山にはほとんど木を見ることができない。

列車から景色を撮影するならもちろんガラス越しではなく、オープンデッキで出た方がいいのだが、カムループスに近づいた時は少し気をつけた方がいい。乾燥しているので砂ぼこりが激しく舞っている。僕も知らないうちに顔や耳の中が真っ黒になっていた。

もう30年以上も昔、フジテレビで放送された「ライスカレー」というドラマにカムループスは登場した。
時任三郎さん、陣内孝則さん、中井貴一さん、北島三郎さん、田中邦衛さんといったすごい顔ぶれのドラマだったが、その中で中井貴一さんがログハウスづくりに打ち込んでいたのがカムループス近郊の「Lac le Jeune(ラック・ル・ジューン)」という湖のほとり、という設定だった。

ロッキーマウンテニア号が走る線路は、既に旅客事業から撤退して貨物に専念しているカナダ太平洋鉄道(CPR)の持ち物で、旅客列車はCPRから貨物用の線路を借りて運行しているということになる。
このため、線路では持主が運行する貨物列車が優先。いかに豪華列車であろうと貨物列車が来たら線路を譲り、しばらく停車することになる。
それにしてもカナダの貨物列車の長いことと言ったら。いったい何両あるのだろうか。まあ、急ぐ旅ではない。日本では絶対にお目にかかれないカナダ名物を「長いなあ」と思いながらぼ~っと見ているのもまた楽しい。

カナダ名物と言えば、僕は車内でワインのほかにこんなものも飲んでいた。カナダ発祥のカクテル「シーザー」だ。ブラッディマリーのようにも見えるが、トマトジュースではなく「クラマト」というジュースを使っている。
「クラマト」のクラは、アサリやハマグリの「クラム=Clam」。クラムとトマトのジュース「クラマト」でウォッカを割るのだが、その前にグラスの縁をレモン汁を濡らし、セロリソルトをまぶしておくのを忘れてはいけない。
ウォッカの「クラマト」割りにウスターソース、塩コショウ、タバスコを入れる。グラスの縁のセロリソルトも相まって実にスパイシー。
 これこそが、カナダ人が愛してやまない「シーザー」なのだ。

さて、カムループスに到着する前に、テレビドラマ「ライスカレー」に続き、西部カナダを舞台とした映画の話もしておきたい。2014年に公開された「バンクーバーの朝日」という映画はご覧になっただろうか。
過酷な労働と人種差別に苦しむバンクーバーの日系2世の若者たちが、野球チーム「バンクーバー朝日軍」を結成し、体格差を補う頭脳的なプレー「ブレイン・ボール」を展開。白人チームに勝利するだけでなく、そのフェアプレー精神で白人社会からの尊敬をも勝ち取っていくというストーリーだ。


「朝日軍」のメンバー、妻夫木聡さん演じるレジー笠原らは製材所での労働に明け暮れていた。レジーの父親は佐藤浩市さんで、工事ごとに仕事にありつく鉄道建設の作業員。ジャニーズの亀梨和也さんが演じたエースピッチャー、ロイ永西は漁師だった。
太平洋を渡った日本人は三尾村出身者のように多くが漁業に従事した。一方、製材所で働く人たちが暮らしたのが、三尾村の久野儀兵衛氏もいったん身を寄せたパウエル街だ。
バンクーバーの観光名所にガスタウンがある。“ギャシー”・ジャック・デイトンという人物が酒場を開いたことに由来するが、ここで製材所で働く人や水夫らが酒を飲んでいた。人種差別に遭いながらも野球なら白人に勝つこともできると必死にプレーし、日系人社会に希望を与え、白人からも声援を送られた日系2世の選手たち。のちに太平洋戦争の勃発が「朝日軍」のメンバーにも過酷な運命を強いることになるのだが、この話は改めて詳しくお話ししたい。

太陽がずいぶんと傾いてきた。カナダの国づくりの歴史に思いをはせる旅の初日はそろそろ終わりだ。
ロッキーマウンテニア号はスピードを落としながら、静かにカムループスの駅へとすべりこんでいった。
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※シリーズ「カナディアン・ロッキーを越えて」は2015年の取材に基いています。また一部でロッキーマウンテニアから提供を受けた写真を使用しています。

しあわせ写真

カナダ発祥のカクテル「シーザー」

アサリやハマグリの「クラム=Clam」とトマトジュースの「クラマト」でウォッカを割る「シーザー」。カナダに行ったら、この不思議なカクテルをぜひ味わっておきたい。飲むほどにだんだん好きになって、カナダ人がこのカクテルを愛してやまないのも理解できるようになるのだ。