旅の物語

永遠のカヌー

第10回 人間の知恵

オンタリオ州・アルゴンキン州立公園

カナダの先住民の知恵が生んだバーチ・バーク・カヌー。ヨーロッパ人の到来によって、この優れた移動・輸送手段はビーバーの毛皮交易になくてはならない存在となった。

現代のわれわれが使うカヌーも素材が合成樹脂などに変化したほかは、先住民のカヌーと構造的に違いはない。知恵という点では、われわれは今も先住民を越えられていないし、先住民のおかげでカヌーのキャンプを楽しむことができる。

現代のカヌーと白樺の樹皮のカヌーで唯一、はっきり違っているのは舳先の形だろう。バーチ・バーク・カヌーは舳先が上に向かって反り返っている。そして、この尖った形状だからこそ可能になることがある。夜、カヌーを岸に引き上げてひっくり返すと、尖った舳先のおかげでカヌーと地面の間に隙間ができ、簡易テントのような役割を果たしてくれるのだ。

カヌーの船底に帆布のようなものを掛け、その下に濡れてはいけない荷物を押し込み、自分もカヌーの下に頭から突っ込む。これなら急な雨でも何とかしのげる。「必要は発明の母」とは言うけれど、人間というのは本当にいろいろなことを考え出す生きものだ。毛皮交易の大動脈となっていたフレンチ・リバーというカヌー・ルートにあるビジターセンターに展示されていたのだが、このきれいに重ねられる金属の容器なんて、スペースが限られているカヌーに見事に積み込むことができて芸術的ですらある。取っ手がとれるティファールのフライパンセットみたいだ。

それから、これは現代における人間の知恵なのだが、カヌーのキャンプで出会った「FOX40」というホイッスルだ。大音量であるのが特徴で、かつ、ほかのホイッスルが水に濡れると音が出にくくなるのに、「FOX40」は濡れても大音量のままだそうだ。だから熊が出た時には思い切り吹いて追い払ったり、助けを呼んだりできるというのだが、ホイッスルが水につかるほどずぶ濡れの状態で熊に遭遇するって、かなり絶望的な気もしてしまう。

こちらはカナダのアウトドア用品店で見た、どこで擦っても火がつくというマッチ。キャンプでは便利だろうと思う。西部劇の映画の中で、クリント・イーストウッドがやたらめったらシュッとこすってタバコに火をつけていた場面を思い出すのだが、このマッチはあれと同じような商品なのかもしれない。

人間の知恵と言えば、フレンチ・リバーにはリコレット・フォールという急流の難所があって、あまりに荷物が重い時は、雇われた漕ぎ手たちが誤って落としたふりをして荷物を水中に投げ入れることがあったそうだ。これは人間の知恵というより、むしろ「悪知恵」の方だ。写真はフレンチ・リバーのビジターセンターにあった「悪知恵」のあとを再現したもの。リコレット・フォールに潜って水底を調べてみたところ、斧とか鉄砲の弾とかがたくさん出てきたんだそうだ。

分かりやすく言うと単なるサボタージュなのだが、リコレット・フォールの水底からはこんなロザリオまでが見つかっていて、もう、神も仏もあったもんじゃない。しかし、単なる毛皮交易とか輸送の大動脈とか、教科書みたいなことではなく、実際には人がカヌーを漕ぎ、カヌーの下で寝て、雇い主にばれないよう荷物を川に投げ入れたりする。疲れもするし腹も立つ。そうやって歴史が作られてきたのだ。人間らしくて、人間臭くていい。人間なんて、知恵があるようなないような、よく分からない存在なのだ。
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シリーズ「永遠のカヌー」は2015年の取材に基いています。

 

 

しあわせ写真

舳先がぐいっと尖ったバーチ・バーク・カヌー

先住民が生み出したバーチ・バーク・カヌーは、舳先が尖っているので、岸にあげてひっくり返すと、地面との間に空間ができる。そこに荷物を入れたり、頭から突っ込んでテント代わりにすることもできるのだ。