旅の物語

永遠のカヌー

第1回 僕のカヌー探検

オンタリオ州・アルゴンキン州立公園

今回の僕の旅のテーマは、カナダの代名詞とも言える「カヌー」。カナダ最大の都市、トロントがあるオンタリオ州がその舞台だ。

僕はアルゴンキン州立公園で、生まれて初めてカヌーを漕ぎ、一泊二日の湖畔でのキャンプを体験することになっている。またカヌーの歴史を知るため、かつて毛皮交易のカヌーが行き交ったフレンチリバーを訪れたり、「カヌー博物館」というマニアックな施設も訪問する予定だ。

 

「カナディアンカヌー」という呼び名がある通り、カナダとカヌーは切っても切れない関係にある。カナダでは「ファースト・ネーションズ」と呼ばれる先住民が、長い年月をかけて移動や狩猟など「生活の足」として完成させたのがカヌーだった。
彼らは釘1本使わず、というより、そもそも釘などなかったのだが、白樺(バーチ)の樹皮(バーク)からカヌーを生み出した。バーチ・バーク・カヌー(Birch-Bark Canoe)と呼ばれている。

その後、ヨーロッパから北米大陸へと渡ってきたヨーロッパ人は、先住民が生み出したこの乗り物に仰天させられることになる。なにしろこの白樺の樹皮のカヌーは、水底が見えるような浅い河川でも、幅の狭い水路でもなんなく進んでいくのだ。しかも超軽量だから川が途切れたり急流に差し掛かった時は、次に「水」があるところまで担いで陸地を進むことができる。だから、どこまでも進んでいける水陸両用のカヌーは、ヨーロッパ人がこの地にやってきた最大の目的である毛皮交易に欠くことのできない「移動・物流手段」として採用された。

そして白樺のカヌーは毛皮をもっと多く積むために巨大化し、10人ほどでパドルを漕ぐ「水上の大型トラック」へと変貌していった。
時を経て、現代のカヌーは再び2~3人乗り程度の本来の大きさに戻り、素材もアルミや化学繊維などが使われるようになった。もちろん、その用途は「生活の足」や「移動・物流手段」ではなく、カナダ国民が愛してやまないアクティビィティへと変化した。

カナダはこの世に登場してから今に至るまで、常にカヌーとともにあり続けている。僕にはそんな気がしてならない。それにしてもだ、カヌーを漕ぐなんて生まれて初めてだなあ、などと考えていると、ふと記憶の奥の方から小さな声が聞こえてきた。「初めてじゃないよ」ー。
頭の中の引き出しを片っ端から開けてみると、記憶の「かけら」がコロンと出てきた。そうだ、確かに初めてじゃない。かなり以前、東京ディズニーランドに行った時にカヌーを漕いだことがある。まあ、これを本当のカヌー体験と呼ぶかどうかは別にして。

さっそくディズニーランドのホームページを見てみると、すぐにそのアトラクションを見つけることができた。そして僕は本当に、腰をぬかすほどびっくりした。なにしろ、このアトラクションの名前が「ビーバーブラザーズのカヌー探検」だったのだから。いてもたってもいられない。何年ぶりだろうか、僕は急ぎ東京ディズニーランドへと足を運んだ。行き先は最新のアトラクションなどではない、ただ1つ、オープン当初からある、あのちょっと地味なカヌーだ。
あった。間違いなくその名前は「ビーバーブラザーズのカヌー探検」だった。残念ながらこの日は強風のためカヌーの運行は休止。仕方なく辺りにいた“ビーバー”たちにかたっぱしからカメラを向けた。

アメリカでもカナダと同様、ビーバーの毛皮交易が行われていたから、ディズニーの世界でカヌーとビーバーがセットで認識されていても何ら不思議ではない。ただしだ、毛皮交易と言うと当たりはいいけれど、要はビーバーをつかまえて皮を剥ぎ、丸い「毛皮」という商品に仕立ててカヌーで運搬するのが毛皮交易なのだ。丸い毛皮には目と耳だった穴が計4つあいている。皮を剥がれる側なのに、「探検」もなにもあったもんじゃない。

カメラのレンズを通して見える“ビーバー”たちの笑顔がなんとも物悲しい。
休止となっているカヌー乗り場の近くで、無心にシャッターを切り続ける僕のうしろから係のお兄さんの声がした。「こだわりがあるんですねえ」。なぜ僕がカヌーとビーバーにこだわっているかは、そう短時間では語り尽くせないんだ。詳しくはこの原稿を読んでくれたまえ、お兄さん。

ビーバーがどうしてこんな可哀想な目に遭うことになったのか。それは、ビーバーの毛皮がヨーロッパに持ち込まれると、上流階級の人たちがかぶる高級帽子「ビーバーハット」に変身したからだ。この写真が本物のビーバーハット。年代物で傷んではいるけれど、表面のヌメっとした高級感が分かってもらえるだろうか。

今回、僕が旅する自然いっぱいのアルゴンキン州立公園では、もうひどい目に遭わされることもなく、あのディズニーランドのカヌー乗り場の仲間たちと同様、笑顔で暮らすビーバーたちにきっと出会えることだろう。運がよければ巨大な体を持つムースを見ることもできるそうだ。
さあ、本当に本物の、僕のカヌーの旅が始まる。今ではカナダ国民みんなに愛される動物となったビーバーブラザーズに出会うためのカヌー探検に出発しよう。
⇒次の記事 「第2回 キャンプで注意すべきこと」を読む
シリーズ「永遠のカヌー」は2015年の取材に基いています。

 

しあわせ写真

カナダでのカヌー体験

カナダ・オンタリオ州、アルゴンキン州立公園で僕が体験したカヌーの旅。昼間はカヌーで水面を進み、湖畔にテントをはり、焚き火で作った食事を食べ、そして眠る。それはそれは得難い時間だった。