旅の物語

メープルシロップ ワンダーランド

第12回 失業中のプディング

カナダ・ケベック州

ビッキーさんはメイン料理のほかに、メープルシロップを使ったデザートも教えてくれた。ただし、その名前がなんとも変わっている。「失業中のプディング」。名前の由来が気になって仕方がないデザートだ。

まずは生地を作っていく。ちょっと細かい数字になるけれど、教えてもらった通りにお伝えしておきたい。材料と分量は次の通りだ。
〔生地〕
・小麦粉(オールパーポス・フラワー)350ml
・ベーキングパウダー
・牛乳190ml
・砂糖1カップ
・バター2分の1カップ
・卵2個
・バニラ5ml

〔シロップ〕
・生クリーム380ml
・メープルシロップ500ml

僕にはフランス語はまったく分からないけれど、このスイーツはフランス語で「プディン・オ・ショマール」というんだそうだ。「ショマール」というのが、英語で言うところの「unemployed」にあたる。つまり、日本語では「失業中のプディング」ということになる。
このスイーツはケベック州全体でもよく食べられるし、このイースタンタウンシップスを代表すると言ってもいいような、みんなに愛されているデザートなんだそうだ。

僕なりにこのスイーツの全体像を説明すると、鍋で温めたメープルシロップをトレーに流し込み、そこに生地を浮かべた後、トレーごとオーブンでふっくらと焼き上げる、という感じになる。
トロトロのメープルシロップの中に生地を浮かべるように「ふわん」と投入する。あとは200度のオーブンで30~40分焼き上げると、生地がふんわりと膨らんで美味しそうなプディングになる。

さて、気になって仕方がないのが、このデザートの名前だ。1929年10月、ニューヨーク株式市場での大暴落に端を発した「世界恐慌」をきっかけに、カナダでも多くの失業者が出たことがその由来なのだそうだ。
「ケベック人はとにかくデザートが大好き。だから大恐慌の中にあっても甘いものを食べるために、固くなったパンなんかを使って、このプディングを作っていたというわけ」とビッキーさん。

生活が苦しい時代に生まれたこのデザートは、もともとは小麦粉ではなく、硬くなってしまったパンなどを「生地」に使っていた。水分を失って硬くなったパンが、温かいメープルシロップの中で柔らかくなり、甘いデザートに変身するのだ。
「失業中のプディング」は厳しい時代背景の中で生み出され、今もケベックの人たちを和ませてくれている。

今、僕はビッキーさんらとともに豚ヒレ肉の料理を食べ、ケベックのすばらしくおいしいチーズでワインをのみ、メープルシロップの甘いプディングを楽しんでいる。苦しい時であっても、「甘さ」は人を和ませ、元気にさせてくれる。もしご家庭にちょっと日にちが経ったなあというパンがあったら、メープルシロップを使って素敵なデザートに変身させてみてはどうだろう。時にはしみじみと「甘さ」に感謝する時間があってもいいと思う。

この記事は2014年ごろの取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを一部、加筆・修正しています。

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しあわせ写真

失業中のプディング

甘いものは、つらい時でも人を幸せににしてくれる。甘いものが大好きなケベックの人たちが、世界恐慌の時に生み出したスイーツが「失業中のプディング」だ。