旅の物語

アルバータの物語

第14回 アイアン・ホース

アルバータ州エドモントン

「Iron Horse(アイアン・ホース)=鉄の馬」と言えば、オートバイを意味する場合もあるけれど、本来は蒸気機関車を指す言葉だ。なにしろ蒸気機関車はオートバイが生まれるよりもずっと前、まだ北米での陸上の移動手段が馬しかなかった時代に登場しているのだから。

釜を真っ赤に燃やして水蒸気を作り、巨大な鉄の車輪を激しく回転させて走る蒸気機関車。驚異的なスピードとパワーで馬にとって代わった最新鋭の移動手段、蒸気機関車には、まさに「アイアン・ホース」の呼び名がふさわしい。ウクライナの人たちをエドモントンまで運んできたのも、彼らが収穫した小麦を東へと運んだのも、まさに「アイアン・ホース」、蒸気機関車だった。

鉄道がなければ、アルバータをはじめとするプレーリー3州がヨーロッパの「パンかご」になることはできなかっただろうし、そもそもウクライナの人たちがエドモントンにやってくることもなかっただろう。
「アイアン・ホース」がカナダの国づくりにどのような役割を果たしたのかを知るために僕が訪れたのは、ケベック州・モントリオールにある「カナダ鉄道博物館」だ。

館長のStephenさんはこう語る。
「当時のカナダにとっての鉄道は、現代のインターネットのように、短期間で世界観を変えてしまうようなインパクトのある出来事だったんだ」
Stephenさんによると、蒸気機関車を走らせるために必要な燃料と水は、およそ150マイルごとに補給する必要があったそうだ。だから都市と都市を鉄道で結ぼうとすると、150マイルごとに補給地点、つまり駅が建設されることになる。150マイルというと240キロメートルほど。日本の新幹線で言えば、東京を出発して長野を超えてもう少し先まで、という距離だ。150マイルごとに駅ができるとそこに人が集まり、街ができる。そうやって「アイアン・ホース」はカナダ国内に次々と街を生み出していった。

ただし、できたばかりの街ではまだインフラが十分に整備されていない。そこでこれらの写真を見てほしいのだ。黒板があり、小さな机が並んでいる。これは車両の内部が教室になっていて、「スクール列車」と呼ばれている。

街はできたけれど学校はない、そこで車両が教室になっている列車が先生を乗せて駅までやってくるというのが「スクール列車」の仕組みだ。一定期間、駅に停車して臨時の学校を開き、子供たちに勉強を教えてくれるのだ。

そしてこの写真は、線路のわきで高いところに立ち、なにやら袋をぶら下げている。袋の中に入っているのは、実はみんなから預かった手紙。世界第2位の広い国土を持つカナダで手紙をやりとりするのは容易なことではない。そこで登場するのがやはり「アイアン・ホース」だった。車両の外側には袋をひっかけるバーのようなものが付いていて、これで列車が通過する際に袋をひっかけて回収する。これなら列車を停車させる必要もない。速度を落として袋を「ヒョイ」とやり、そのまま走り去っていくだけだ。

その車内はなんと郵便局になっている。手紙を仕分けする小さな棚がたくさん並んでいて、回収した手紙を宛て先別に仕分けていく。仕分けされた手紙は再びあの袋に詰められ、今度は逆に通過する際に駅のホームに落とされる。「アイアン・ホース」は線路を伸ばしながら、カナダの大地に新しい街を生み出していった。それだけではない、生み出した街に学校や郵便などの社会インフラを提供し続けた。鉄道はカナダという国家が生きるために必要な血液を運ぶ、まさに国家の「大動脈」だったのだ。(つづく)

※この記事は2015年の取材に基づいて執筆しています。

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しあわせ写真

鉄道がカナダをつくった

蒸気機関車が走り、線路を延ばすことで街が生まれていった。そうして今のカナダが作り上げられていったと言ってもいい。エドモントンにウクライナの人を運んだのも、彼らの畑で収穫された小麦を運んだのも蒸気機関車、アイアン・ホースだった。