旅の物語

カナディアン・ロッキーを越えて

Coast to Coast

ブリティッシュ・コロンビア州

Coast to Coast =カナディアン・ロッキーを越えて①=

僕は今、バンクーバーからレイク・ルイーズ、そしてカナディアン・ロッキーの観光拠点バンフへと向かう列車の旅に出ようとしている。出発を待つ早朝の駅には、太陽の強い光が斜めに差し込んでくる。起きてからさほど経っていない目には、少々眩しいぐらいだ。

駅舎の中にはコーヒーの香りが漂い、静かなピアノの調べが始発駅に集まった人たちを優しく包み込んでいる。僕が乗り込む列車の名前は「ロッキーマウンテニア号」という。ロッキーの山々も真っ青な空も、すべてを車窓から一望にしながら食事やワインなど最上級のサービスを楽める豪華な旅だ。いくつかあるロッキーマウンテニア号のコースのうち、僕がたどるのは地図でオレンジ色に記されたコースだ。1867年のカナダ建国からちょうど20年後の1887年、はるか遠くモントリオールを出発した列車がカナディアン・ロッキーを越え、初めてバンクーバーに到着した時とほぼ同じルートをたどる。

だからこのコースには「First Passage to the West Discovery Drive」という名前が付けられている。1887年当時、“coast to coast” つまり大西洋から太平洋まで列車を走らせるには、3000メートル超の山々がそびえるカナディアン・ロッキーに線路を通す必要があった。もちろん今のように重機などない時代だ。人の手だけで巨大な岩の壁を貫くのは想像を絶する困難な工事だったろう。

空前絶後の難工事を経て開通した線路に乗り、カナディアン・ロッキーを越えてバンクーバーまでやってきたカナダ太平洋鉄道(CPR)の蒸気機関車の名前は「engine374」。374号だ。今もバンクーバーのラウンドハウス・コミュニティセンターでその雄姿を見ることができる。この「engine374」のバンクーバー到着は、第2の建国とも言える「大陸横断国家カナダ」の誕生を告げるものだった。

なにしろ1867年の建国当時、この新しい国に参加したのはオンタリオ、ケベック、ニューブランズウィック、ノヴァスコシアの4州だけだった。いずれもカナディアン・ロッキーのずっと東、大西洋側にある。一方で、太平洋に面したブリティッシュ・コロンビア州(BC州)は当時カナダではなく、「英国領ブリティッシュ・コロンビア植民地」にすぎなかった。しかもカナディアン・ロッキーに阻まれているため、建国したばかりの「カナダ」とはアメリカを経由しなければ、行き来すらままならなかったという笑えない話もある。

一方、その頃のアメリカでは、1865年の南北戦争を経て、声高にカナダ併合論が主張され始めていたし、「engine374」がバンクーバーに到着したのと同じ年、アメリカは当時のロシア帝国からアラスカを購入してもいる。だからカナダ政府は、アメリカによるカナダ侵攻を本気で恐れていた。もし、カナディアン・ロッキーを越えて大西洋と太平洋を結ぶこの線路がなく、カナダが1つにまとまっていなければ、世界一住みやすいと言われるバンクーバーは今ごろアメリカの一都市だったかもしれない。北米一と言われるスキーリゾート「ウィスラー」も、太平洋から押し寄せる絶品サーモンもアメリカのものになっていた可能性は十分にある。

そうなればアメリカは、「飛び地」のアラスカとブリティッシュ・コロンビア州とで北米大陸の太平洋側すべてを国土とし、一方のカナダは太平洋への出口を持たないこじんまりした存在に甘んじていたはずだ。だからロッキーマウンテニア号に乗り、「engine374」とは逆に、西から東へと進むこの旅は、 “coast to coast”、「大陸横断国家カナダ」建設の苦難と、今の姿のカナダがあることの喜びを体感する旅でもある。出発を告げる合図なのだろう、駅舎内にバグパイプの音が響き渡った。

カナダは移民の国だ。何代か前にスコットランドやアイルランドから海を渡ってきた人もたくさんいる。そして太平洋に開けているからこそ、日本人をはじめとするアジア系もたくさん、ここバンクーバーにやってきている。

「移民の国」を感じさせるバグパイプの演奏に見送られながら、いよいよ車内へと足を踏み入れていく。ロッキーマウンテニア号の3つのランクのうち、最上級クラス「ゴールド・リーフ」の車両は2階建て。全面ガラスばりの2階席では、真上にぽっかりと浮かぶ雲ですら、手でつかみとって自分のものにできそうだ。階段を下りた1階は食堂車。というより、ほとんどレストランと言っていい。1つの車両ごとに3人もの料理人が配置され、乗客においしい料理をつくってくれるのだ。

なにしろ早朝の出発だ。列車がバンクバーを離れてほどなく、まずは朝食となる。1つの車両の乗客のうち半分ずつが2階から1階に降りて食事を楽しむ。半分ずつ、と言ってもみんな順番など気にも留めていない。飲み物を手に景色を見ながら、まったりと自分の順番を待っている。こんなにゆとりある気持ちになれるのもカナダならでは、ロッキーマウンテニア号ならでは、なのかもしれない。「レストラン」の席につくと立派なメニューが出てきて、好きな料理を選ぶことができる。ロッキーマウンテニア号はまるで、「どうせ急ぐ旅じゃあるまいし」といった雰囲気を漂わせながら、カタタン、カタタンと軽快な音を響かせている。絶品料理と絶景、そして「大陸横断国家カナダ」誕生に至る歴史に触れる旅が、カタタン、カタタンと始まった。

この記事は2015年の取材に基づき、カナダシアター https://www.canada.jp/ に掲載したものを加筆・修正しています。また一部でロッキーマウンテニアにお借りした写真を使用している場合があります。

メニューが教えてくれること

しあわせ写真

蒸気機関車「engine374」の雄姿

カナダ建国から20年後の1887年、カナディアン・ロッキーを越えてバンクーバーに到着した蒸気機関車「engine374」。バンクーバーの「ラウンドハウス・コミュニティセンター」に展示されている。