旅の物語

カナディアン・ロッキーを越えて

第2回 メニューが教えてくれること

ブリティッシュ・コロンビア州、アルバータ州

バンクーバーからカナディアン・ロッキーへと向かうロッキーマウンテニア号の旅は、途中のカムループスという駅でいったん列車を降りてホテルに泊まり、2日目に念願のロッキーに到達するという1泊2日の行程だ。

だからこの旅では2日間の朝食と昼食で計4回、1階のレストランで食事をすることになる予定だ。
初日の朝食に僕が選んだのはエッグベネディクトだった。メニューには「サー・サンドフォード・フレミング・エッグベネディクト」と書かれている。このメニューの画像の3つ目の「SIR SANDFORD」というのが、それだ。

サンドフォード・フレミング卿というのは、カナダ太平洋鉄道(CPR)による大陸横断鉄道建設の主任測量技師を務めた人物で、困難を極めたロッキー越えでもそのルート選定に当たった。もっとも、ある事情があって最終的にフレミング卿が考えたルートは採用されなかったのだが。

サンドフォード・フレミング卿は測量技師であると同時に、「時差」の解決策として「世界標準時」という考え方を提唱した人物だ。人が徒歩や馬で移動している分には何も問題はないのだが、鉄道で長距離を高速で、長時間移動するようになると時差の問題が生じるようになった。その解決策を考え出したフレミング卿はスコットランドからの移民だ。バンクーバーを出発する時の見送りがバグパイプだったことが思い出される。

そんな有能な人物の名を冠したエッグベネディクトは、半分にした小ぶりのジャガイモの上にイングリッシュマフィン、そしてベーコンではなく、モントリオール名物のスモークミートを重ね、一番上にトロトロのポーチドエッグが2個乗せられていた。その次にはこんなフルーツも出てきた。黄色というか、だいだい色の丸いものは食用の「ほおづき」だ。日本ではあまりお目にかからないが、カナダでは食用ほおづきは結構一般的で、生で食べる以外にケーキやタルトに使ったり、ジャムにしたりもする。

エッグベネディクト以外のメニューとしては、例えばこの「GOLD RUSH SCRAMBLE(ゴールドラッシュ・スクランブル)」がある。その名の通り、黄金色のきれいなスクランブルエッグの上に、カナダを代表する食であるスモークサーモンが乗せられ、横にはキャビアまでが添えられている。

ロッキーマウンテニア号がたどるこの線路が出来上がるおよそ10年前、1858年に「英国領ブリティッシュ・コロンビア植民地」では金鉱が発見され、ゴールドラッシュが始まった。スクランブルエッグの名前はそんな歴史にちなんでいる。ただしその後、金の産出量が減少し、ゴールドラッシュは終焉を迎える。あっという間に地域経済は立ち行かなくなってしまったのだ。

誕生したばかりのカナダ政府は1870年、大陸横断国家を目指し、財政難に陥ったブリティッシュ・コロンビア植民地と交渉し、100万ドルにのぼる債務引き受けと、大陸横断鉄道の2年以内の着工、そして10年以内の完成を約束した。ブリティッシュ・コロンビア植民地がカナダという国に加わる条件が、ロッキーを越えて大陸を横断する鉄道の建設だったのだ。ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)がカナダに参加したのは、カナダ政府との約束が成立した翌年の1871年のこと。そして1887年、ついにカナダ太平洋鉄道の蒸気機関車「engine374」がバンクーバーへとやってくる。

「10年以内」の約束からはずいぶんと遅れたものの、カナディアン・ロッキーを越えて東と西を鉄路で結ぶのは、それだけ大変な事業だったということだ。とにかくバンクーバーを含むBC州は無事にカナダとなった。おかげで車内では「PACIFIC NORTHWEST PARFAIT」などいう名前の軽食も楽しめる。アーモンドのグラノーラと新鮮なイチゴをバニラヨーグルトといっしょにいただく。これらの料理の食材は、このルートに位置するBC州やアルバータ州などの地元農家から仕入れている。

朝食の最中もロッキーマウンテニア号は相変わらず、カナディアン・ロッキーを目指してカタタン、カタタンと軽やかな音を響かせ続けている。トロトロのエッグベネディクト、スモークサーモンとキャビアを従えた贅沢なスクランブルエッグなどが、僕に大陸横断鉄道にまつわる物語を静かに語りかけてくれる。アメリカには申し訳ないが、BC州がカナダであって本当によかったと思う。ひとつひとつの料理にぜひ目を向け、その名前が教えてくれる西部カナダの歴史に少しでも興味を持ってもらえたらと思う。口に運ぶたびに、今の「カナダ」の姿でよかったと、改めて感じることができるはずだ。
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※シリーズ「カナディアン・ロッキーを越えて」は2015年の取材に基いています。また一部でロッキーマウンテニアから提供を受けた写真を使用しています。

しあわせ写真

「GOLD RUSH SCRAMBLE(ゴールドラッシュ・スクランブル)」

かつてブリティッシュ・コロンビアで起きたゴールドラッシュにちなんで名づけられたスクランブル・エッグ。ロッキーマウンテニア号では料理の名前を通じて、西部カナダのさまざまな歴史を知ることができる。