旅の物語

永遠のカヌー

第13回 カヌー・ビルダー

オンタリオ州・アルゴンキン州立公園

昔ながらの工法で白樺の樹皮によるバーチ・バーク・カヌーを作ることができるカヌー・ビルダーは、もう数えるほどしかいないと聞いた。僕はその中の1人、35年以上も本物のバーチ・バーク・カヌーをつくり続けているRick Nashさんに会うことができた。

Nashさんの工房はアルゴンキン州立公園への拠点・ハンツビルから車で30分ほど行ったdorsetという街の丘の上にあった。大きな木の幹に寄り添うようにしてある工房だ。

1982年、Nashさんは先住民と同じように1カ月も森にこもり、電気すらない環境でバーチ・バーク・カヌーをつくった経験を持つ。これはオジブワ族のカヌーづくりを撮影した古い写真。Nashさんのカヌーづくりも、きっとこのモノクロ写真のようなものだったろうと思う。
バーチ・バーク・カヌーづくりは、カヌーの形に添って地面に棒を突き刺すところから始まる。棒の内側に白樺の樹皮を乗せて上方向へと折り曲げる。こうしてカヌーのおおまかな形ができあがるのだ。

カヌーの船べりや湾曲した内部の肋材(ろくざい)などの骨格部分は、ヒマラヤスギでつくる。そうした木材を削るのに使うのはこんな道具だ。
手前に引きながら木を削る。先住民はこの道具をカヌーのほかにスノーシュー(かんじき)などをつくるのに使っていた。白人の世界では「カヌー・ナイフ」と呼ばれている。
間近で見たカヌー・ナイフは美しい装飾が施されていてなかなか味わい深い。これ自体が1つの作品と言ってもいいほどだ。

パドルなどは、カヌー・ナイフではなく斧で形を削り出していく。僕も試しに斧を持たせてもらったのだが、そう簡単に削れるものではなかった。刃こぼれでもさせたら大変なので、横で見ているNashさんにすぐに斧を返すことにした。
Nashさんの工房の中を見渡しても、電動の工具は見当たらない。斧やカヌー・ナイフなどを使い、昔と同じようにすべて手作業でバーチ・バーク・カヌーをつくりあげていることが分かる。

 

電動工具が見当たらない代わりに、工房の壁には木の「つる」のようなものが丸めてぶら下げられていた。これは「トウヒ」の根っこだ。お湯で煮たあと半分にさいて丸めておく。これがバーチ・バーク・カヌーをつくる際の釘などの代わりになる。
白樺の樹皮どうしを縫い合わせたり、船体の骨格部分と樹皮をこのトウヒでしっかり結びつけていくのだ。

縫い目には、「トウヒ」の樹脂を煮てつくる粘着剤で防水加工を施す。
こうしてできあがる船体には、トウヒがぐるぐる巻きにされた部分があったり、防水加工された縫い目が不思議な模様となっていたり、ただ細部を見ているだけで飽きることがない。
それぞれがしっかりとカヌーを成立させる役割を果たしながら、全体としてその姿がまるで1つのデザインのようにすら見える。

内側から肋骨のように船体のふくらみを形作る肋材(ろくざい)は、こんなふうに紐で縛って「クセ」をつけておく。
こうしたパーツを使いながら出来あがったカヌー内部の構造美と言ったら、なんと表現すればいいのだろうか。

きれいに揃いつつも、機械による寸分たがわぬ揃い方とは明らかに違う、手作りが生み出す微妙な「ゆらぎ」のような不揃い感がたまらない。
このバーチ・バーク・カヌーづくりの素晴らしい技術は、今後もちゃんと受け継がれていくのだろうか。
僕はそれが心配でたまらないのだ。
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シリーズ「永遠のカヌー」は2015年の取材に基いています。

しあわせ写真

Nashさんの工房でつくられたバーチ・バーク・カヌー

現代的な樹脂でできたカヌーや、木造船あるカヌーならばつくる人はたくさんいるだろう。しかし白樺の樹皮のバーチ・バーク・カヌーをつくれるカヌー・ビルダーは、もう数えるほどしかいないそうだ。