旅の物語

カナダB級グルメの旅

第8回 モントリオールの代名詞

ケベック州 モントリオール

モントリオールの「シュワルツ」は、ガイドブックにも必ず登場するカナダB級グルメの代表格だ。僕は、この店のスモークミートを「モントリオールの代名詞」だと思っている。

カナダはそもそも移民で成り立っている国で、もちろんモントリオールも移民の街だ。ここにスモークミートを持ち込んだのはユダヤの人たちで、この店も1928年、ルーマニアからやってきた「シュワルツさん」によって始められたという。それが今や、世界中からやって来た移民に愛されるだけでなく、カナダを代表する味となったのだから、「モントリオールの代名詞」と呼びたくなるのも分かってもらえると思う。

では、スモークミートとは何なのか。文字通りスモークした肉であることに間違いはない。しかし、ぱっと見には、パストラミみたいな少しパサパサした感じを想像しないだろうか。しかしシュワルツのスモークミート・サンドイッチは想像以上にジューシーだ。かぶりつくと口の中で肉汁がジュワーッと広がる。パサパサ感は全くなくて、パンとのバランスが絶妙だ。

その作り方だが、牛肉を10日間、じっくりとスパイスに漬け込むところから始まる。次にオーブンで8時間焼いたあと、3~4時間かけて燻製にする。出来上がった肉の固まりがこの写真だ。カメラを構えた僕へのサービスで肉を持ち上げてくれたのだが、狭い店内でお客さんが「おお~っ」とどよめき、あっという間に撮影会になってしまった。ちなみに10日間漬け込むスパイスがスモークミートの味の決め手だそうだ。ただしその内容は絶対に教えられない企業秘密だとのことで、「シークレット・スパイス」との説明を受けた。この写真の男性は店の名物、ジョニーさん。10歳の時にポルトガルからカナダにやってきた移民で、14歳でこの店に入って以来、40年以上もスモークミートを切り続けている。

包丁を握る右腕の肘にはいつもサポーターを付けている。なにせ40年以上だ、ジョニーさんに言われて気づいたのだが、左腕より右腕の方が明らかに太い。ジョニーさんはいつも陽気で、日本人を見ると「サムライみたいだろ」と笑いながら大きな肉をシャッシャッと切って見せてくれる。薄くすばやく肉を切り、パンの上へ。もう一方のパンにマスタードを塗ってかぶせ、真ん中から真っ二つ。次から次へと皿に乗ったスモークミート・サンドイッチがカウンターに並べられていく。

サイドメニューにはコールスローやピクルスがある。ただし、けっこうな分量なので、オーダーの際は覚悟しておいてほしい。スモークミート・サンドイッチにあわせる飲み物はブラックチェリーのコーラと決まっている。決まっている、というか、モントリオールの人はみんなこの組み合わせが大好きなのだ。「抑えめの甘さがスパイシーなスモークミートにぴったり」とのこと。試しに頼んでみたら、意外にこれがぴったり合うのだ。

スモークミートの味は創業以来、ずっと変わっていないのだろうか。「スパイスなどの味付けは変わってないけれど、健康志向が強まったので1度、脂身を少なくしたんだ」とジョニーさん。「昔のを食べてみるかい?」と脂身たっぷりのスモークミートの切れはしを僕のサンドイッチに追加してくれた。赤身と脂身のミックス・スモークミートになった。かぶりついてみる。瞬時に分かった。こっちの方が数段うまい。口の中で肉汁がジュワジュワと広がり、広がっただけでなく口の端から肉汁がこぼれ出てきた。

「ヘルシー志向」の名のもとに脂身が減らされるのは時代の流れかも知れないが、どうせガッツリ食べるのなら覚悟を決めて、ほんのひと時「ヘルシー」なんて言葉は忘れてしまいたい。おいしいものを食べることはある意味、常に背徳的だ。人間なんてどうせ業の深い生き物なのだ。それにしても、こういう取材は一貫して背徳的だ。背徳的すぎて、幸せすぎるのだ。
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シリーズ「カナダB級グルメの旅」は2014~15年の取材に基いています。

しあわせ写真

モントリオールを代表する味「スモークミート」

モントリオールを、そしてカナダを代表するBグルメのひとつと言ってもいい「スモークミート」。たっぷりジューシーなお肉を口いっぱいで味わいたい。