旅の物語

カナダB級グルメの旅

第7回 ティムズはいつもハッピーエンド

カナダ全土

ティム・ホートンズの人気の秘密は、カナダ全土いたるところにあって、安くて気軽にコーヒーやドーナツを楽しめることだろう。しかし、1986年2月に始まった冬のキャンペーン「Roll Up The Rim To Win」がティム・ホートンズの人気を支える大きな要素であるのも間違いのない事実だ。

35年ほど前に始まった時の賞品はひと口サイズの小さなドーナツ「ティムビッツ」だったらしいが、今では運がよければ高級自動車やテレビが貰えるのだから盛り上がらないはずがない。

「くじ」の仕組みは日本ではあまり馴染みのないものだ。コーヒーの紙コップの縁(Rim)をめくり上げる(Roll Up)と、そこに当たり外れが書いてある。それにしても、どうしてこんなに面倒な方法にしたんだろうか。コインで簡単に削るスクラッチとか、方法はいくらでもありそうなものだ。それなのに、爪で一生懸命に「Rim」を「Roll Up」しなければならない。いくらなんでも面倒すぎやしないだろうか。

実際に僕もやってみたけれど「Rim」は結構固い。爪が割れるかと思った。そうやって苦労した挙句、現れた小さな文字を見てみると、“please play again”などと書かれてあってイラっとする。実際、カナダ国民もかなりイラっとしたらしい。くじの商品がグレードアップした2007年には、爪が割れてしまったとか、歯で「Rim」をめくろうとしたら紙コップに塗られたワックスが歯に詰まったとか、「Roll Up The rim To win」への苦情が殺到したのだそうだ。当時、国営テレビCBCが「Real Canadian problem」、つまり「カナダ国民を本当にイラッとさせる問題」と報じるぐらい社会問題化したらしい。

こんな事態になれば、日本なら記者会見を開いて責任者がカメラの前で頭を下げそうなものだが、この国民的問題を解決したのはティム・ホートンズ社ではなく、市井の発明家だったそうだ。彼が発明したのが、写真のようにカラフルな「リムローラー」というスグレ物。紙コップの「Rim」にぐいっと奥まで押しこんだら、今度は上にひっぱりあげるだけ。それで「Rim」は簡単に、そしてきれいに「Roll Up」することができる。これが実に簡単。紙コップの縁を全部めくってみたくなるぐらいだ。

爪をのばしたり、爪を付けている女性には本当にお役立ちのツールだと思う。それにカナダの人たちは結構、キーホルダーにこの「リムローラー」をぶらさげているらしい。ある人はそれを「カナダ人のたしなみ」とまで言っていると聞いた。冬しか使わないのに。それにしてもだ、もうティム・ホートンズというのは「カナディアン・セラピー」だったり、「カナダ人のたしなみ」だったり、カナダにおいて一体どれだけ大きな存在なんだろうかと思わされてしまう。

そんな「ティム・ホートンズ」を創業したのは、人気アイスホッケーチーム「トロント・メープルリーフス」で活躍したティム・ホートン氏だ。試合で大怪我を負ったホートン氏は、警察官だったロン・ジョイス氏を共同経営者に1964年、オンタリオ州のハミルトン1号店をオープンさせた。事業は順調に拡大したものの、ホートン氏はそれから10年後に44歳の若さで交通事故でこの世を去り、その後、未亡人とジョイス氏の確執が深まったため、双方の創業家とも今はティム・ホートンズの経営には関わっていない。

ところが時を経て、両家に和解の機会が訪れた。なんと、ホートン氏の娘さんとジョイス氏の息子さんが結婚されたとそうだ。なんという縁なのだろう。カナダ国民を幸せにし続ける「カナディアン・セラピー」、ティム・ホートンズ。やっぱりティムズはいつも、ハッピーエンドであってほしいと思う。
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シリーズ「カナダB級グルメの旅」は2014~15年の取材に基いています。

しあわせ写真

カナダ国民のイライラを解消した「リムローラー」

コーヒーのカップの縁をめくりあげる「くじ」、「Roll Up The Rim To Win」。縁をめくって爪が割れた、といったカナダ国民のイライラを解消したのがこの「リムローラー」だった。