旅の物語

カナディアン・ロッキーを越えて

第3回 ラストスパイク

ブリティッシュ・コロンビア州、アルバータ州

ロッキーマウンテニア号で行く一泊二日の鉄道の旅。初日のロッキーマウンテニア号はまだカナディアン・ロッキーよりずっと手前にいて、相変わらずカタタン、カタタンと軽快な音を立てて走り続けている。それでも周囲には山が広がり始め、水流の激しい川や、その川にかけられた橋など、車窓からの風景も徐々に変わり始めた。

川の向こう岸には、カラフルなコンテナを積んで呑気そうに走る貨物列車が見える。もっとも、ロッキーマウンテニア号に乗る僕の方もかなり呑気なもので、移り行く景色を眺めつつ昼間からワイン三昧だ。至れり尽くせりとはまさにこういう状態を言うのだろう。ワインを飲み終わるかどうかというところで、ちゃんと注文を取りに来てくれる。

さて、飲みながらの話で恐縮なのだが、ここでロッキーマウンテニア号の旅における最大の見どころについて予習しておきたい。キーワードは「ラストスパイク」だ。
スパイクとは、枕木にレールを固定するための大きな釘で、日本では「犬釘(いぬくぎ)」と呼ばれる。カナディアン・ロッキーを越えるため、東と西から建設されてきた線路がついにロッキー山中で結ばれる時、ラストスパイク=最後の犬釘が打ち込まれた。その歴史的な場所の名は「クレイゲラキー」という。大陸横断鉄道が通ったルートをたどるこの旅において、絶対に見逃してはならない場所なのだ。

1885年11月7日午前9時22分、ラストスパイクは打ち込まれた。
カナダ太平洋鉄道(CPR)の機関車「engine374」がバンクーバーに到着する2年前のことだ。この時、大陸の東から西まで、つまりcoast to coastが線路でつながったのだ。
ラストスパイクからengine374のバンクーバー到着までに2年を要したのは、そもそもまだバンクーバーという駅ができていなかったり、山中での雪崩対策を施したりする必要があったためだ。

「カナダ史で最も有名な写真」として教科書にも載っているこの場面の説明をしておきたい。真ん中で最後の犬釘を打ち込んでいる⑤の人物は、CPRの筆頭株主で、ハドソン・ベイのカナダ代表ドナルド・A・スミスだ。
ハドソン・ベイはビーバーの毛皮交易から出発し、今はカナダの各都市で「ザ・ベイ」というデパートを経営するカナダを代表する企業だ。
そしてエッグベネディクトのメニュー名にもなった測量技師、サンドフォード・フレミング卿は、背が高くて山高帽に白い立派な髭をたくわえた④の人物だ。

ちなみに、これら超大物の中に、なぜか1人の少年がいるのが分かるだろうか。彼の名はEdward Mallandaineという。当時18歳だった。
なんとかこの歴史的な瞬間に立ち合おうと考えた彼は、要人の中を押しのけかき分け、ベストポジションを確保して写真におさまってしまった。
そう言われれば周囲の立派な髭をたくわえた大物たちが「なんだこいつは?」みたいな表情をしているようにも思えてくる。
この愉快なエピソードから、彼はその後「クレイゲラキー・キッド」と呼ばれることになった。

ロッキーマウンテニア号はあす、そのクレイゲラキーを通過する。最大の見どころを見逃すわけには絶対にいかないのだ。そんな僕を車中の昼食は、一足先にクレイゲラキーへと連れて行ってくれた。
メニューの名前は「LAST SRIKE’D BEEF SHORT LIBS」。カナダを代表するワイン産地、ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)オカナガンのメルローでアルバータ牛のショートリブを煮込んでいる。
ラストスパイクによって鉄路がつながったことを象徴するかのように、このメニューはロッキー山脈の東西、BC州とアルバータ州のコラボになっているのだ。

昼食にはこんなメニューもあった。
「CRISPY WONTON INUKSHUK」。
INUKSHUK=イヌクシュクとは、極北に暮らすイヌイットが石を積み上げてつくる目印で、このメニューはワンタンの生地でそれを表現している。イヌクシュクは「道しるべ」のようなもので、あとからやって来る旅人を助けるためのメッセージが込められている。極北の地には大きな山もないし、木もはえない。同じような風景がずっと続く。だから安全な道を知らせたりするのに、イヌイットは石を積み上げるという方法を考え出した。

ロッキーマウンテニア号は流れの激しい渓谷に差し掛かった。これが「ヘルズ・ゲート」だ。冒険家サイモン・フレーザーが発見した急流で、大陸横断鉄道の建設における難所の1つだった。
当時、鉄道建設によって狭い渓谷は一層狭くなり、サーモンの遡上が難しくなってしまった。このため人の手でコンクリートの「魚道」を作り、サーモンの遡上を可能にした。おかげで冒険家の名をとったフレーザー川は、今も無数のサーモンが遡上する川として知られている。
ロッキーマウンテニア号もフレーザー川に寄り添うように、川の源流であるロッキー山脈を目指して進み続けている。
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※シリーズ「カナディアン・ロッキーを越えて」は2015年の取材に基いています。また一部でロッキーマウンテニアから提供を受けた写真を使用しています。

しあわせ写真

車窓からの風景

ロッキーマウンテニア号の車窓からの雄大な景色。目の前になかなかなスケールの鉄橋が見え始めた。しかし、列車の旅はまだ始まったばかり。これからさらに、忘れられない景色が次々と現れるのだ。