旅の物語

ケベック・シャルルボア しあわせキュイジーヌの旅

第10回 おいしすぎる島(2)

ケベック州シャルルボア

何もかもがおいしすぎるクードル島。僕がランチでお邪魔したのはシャルルボアで評判のパン屋さん「ブランジェリー・ブシャール(Boulangerie Bouchard)」だ。店のフレンドリーな女性が手にしているうち、向かって右の奥がクードル島伝統の「パテコッシュ」だ。

テスト生地の中身は豚肉や子牛の肉。両方入れてしまうこともあるらしい。これにフルーツケチャップを付けるのが定番の食べ方だそうだ。
島に来る前、僕はベ・サン・ポールで緑のトマトを使ったケチャップに出会ったが、こちらはフルーツのケチャップ。そしてまあ、このケチャップのおかげで
甘さとジューシーさが増してパテコッシュが一層おいしくなる。クードル島では絶対の組み合わせなのかもしれない。


こっちは地元で「ヒューガス」と呼ばれるフランス風のピザ。生地にはパンが使われている。パテコッシュやヒューガスにサラダとデザートが付いたランチセットみたいなのをトレイに乗せてくれるので、それを青空の下、屋外でいただく。

店の横にはちゃんとテーブルとベンチ、それにパラソルが用意されている。ひっきりなしに車がとまり、地元の人たちがパンを買い込んでいく。やはりここは地元の超人気店なのだ。

目の前のセントローレンス川を眺めながら、降り注ぐ太陽の光の下、たっぷりの新鮮サラダやパテコッシュ、ヒューガスを頬張る。それにしてもおいしい。おいしすぎる。そして、しあわせすぎる。

店を仕切るおかあさんがわざわざ出て来てくれた。写真を撮らせてくれるようお願いすると、自ら店の中に戻っていっしょに写るパンをチョイスしてきてくれた。パンはおかあさんの顔ぐらいある。
この後、おかあさんがしているのと同じ店のマークが入ったエプロンをプレゼントされ、いっしょに記念撮影までさせてもらった。このエプロンは以来、ずっと愛用させてもらっている。

りんごのお酒、シードルや伝統のパン、パテコッシュを堪能した僕は「おいしすぎる島」に別れを告げ、再びフェリーに乗ってベ・サン・ポールへと引き返した。この日のうちにもう1カ所、訪れたい農家があるのだ。

「ヴォリエール・ベ・サン・ポール(Volieres Baie-Saint-Paul)」という農家では、キジ、ホロホロ鳥、ウズラ、豚、羊などを飼育し、肉やソーセージ、パテなどの加工品を販売している。
それだけではなく、地元の子どもたちが鳥や動物たちを見学にきたりする場所でもある。

僕はキジを見せてもらいたかったのだが、あいにくほとんどが「出荷」された後で、キジは残り少なくなっていた。そのキジもネットを張ったエリアの中でバタバタ逃げ回っていたけれど、農家の人はさすがなもんで、あっさりとキジを捕まえてくれた。

写真を撮らせてもらおうとすると、撮影しやすいようにというサービスなのだろう、キジの足の関節をぐいっと何かすると、キジは急に動けなくなった。
仕組みはよく分からないのだが、どうにかしてひねると一時的にキジの関節が外れたりするみたいだ。ただし、少し経つと自然と元に戻るらしく、キジはまた自ら歩いて逃げていった。なんとも不思議な話だ。

不思議と言えば、ここで話していて気付いたのだが、時々「トランフォーム(transform)」という言葉が出てくる。
実はこのあとのシャルルボアの旅でも何度も耳にするのだが、どうやら鳥とか家畜を肉にしたりすることを「トランフォーム」と言うようだ。英語
は得意じゃないけれど、それにしても普通にこんな使い方をするんだろうか。

きっと、食べるための動物や鳥が身近にいたり、育てたり、見学できたりするシャルルボアでは、人間と「肉」の距離感や関係性がちょっと違うのかもしれない。
と、言ったものの、やっぱり「トランフォーム」って、どうしても何かの変身ロボットみたいでしっくりこないのだ。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを加筆・修正しています。

⇒〔続きを読む〕第11回 冬の誘惑

しあわせ写真

ブランジェリー・ブシャール

クードル島で出会った人気のパン屋「ブランジェリー・ブシャール(Boulangerie Bouchard)」。ケベックらしく、ユリの紋章がついたハード系の大きなバゲットなどが並んでいて、食べてよし、店内を見ているだけでも「しあわせ」な気持ちになれるパン屋なのだ。