旅の物語

ケベック・シャルルボア しあわせキュイジーヌの旅

第3回 「しあわせ」なチーズの王国

ケベック州シャルルボア

ル・マシフ鉄道は、左から迫ってくる丘陵と、右手のセントローレンス川に挟まれた幅の狭い空間を縫うようにしながらシャルルボアへと進んでいく。さて、いよいよ豪華列車の朝食だ。写真の手前から
①「ラテリ・シャルルボア(Laiterie Charlevoix)」のチェダーチーズとホウレン草のキッシュ
②オーガニック・ミート・ソーセージとトマトのサラダ
③キャラメルと「フェアモント・マノア・リシュルー」特製ハチミツのパン・プディング
というメニューだ。

①の「ラテリ・シャルルボア」というのは、シャルルボアを代表するおいしいチーズ生産者の1つ。そのチーズが使われたキッシュだから、おいしいに決まっている。生地がサクサクでチーズがとろり、というのは当然のことだ。
幸運にも、僕は
シャルルボア滞在中、この朝食に使われたチェダーチーズを作る「ラテリ・シャルルボア」を訪れることができた。

もともと乳牛を飼育してミルクを生産していたけれど、1980年代にチーズづくりに専念することにし、それが今ではシャルルボアを代表するチーズメーカーとなった。
僕はここで特別に、熟成中のチーズが置かれているエリアに入る許可をいただいた。何か異物を持ち込んでしまう危険性があるため本来なら部外者はなかなか入れてもらえないのだが、どうやら僕は心の底から「中に入りたい」という顔つきをしていたようだ。

「そんなに言うなら」ということだろう、いや、僕は何も言葉は発してないのだが、無言の圧力があったのかもしれない。ビニールのキャップにビニールの手袋、備え付けの長靴に履き替え、完全防備で熟成中のチーズとの対面を果たした。なんという幸運だろう。
表面は薄いオレンジ色というか橙色(だいだい)色というか。艶はなくて、型に詰めた時に包んでいたんだと思う、布のあとがかすかについている。

きっとその内側では毎日じっくりと、チーズの味と香りが高められ続けているんだと思う。じっと見ているうちに、チーズに色気さえ感じてくる。
思わず、頬ずりしたいという衝動に駆られた。いやいや、いけない。僕のほっぺたから何か悪いものがくっ付いてチーズが台無しになってしまう。
僕の異様な雰囲気を察したのか、これも特別なんだと思うのだが、チーズを抱えさせてもらうことができた。

手にした感触は、スポーツジムで持ち上げるダンベルのような金属的な重さではなく、中に水分を含んでいて、生きていることを感じさせるずっしりとした重さだった。
オーナーもノリのいい人で、せっかくだからということで、チーズを手に記念撮影することになった。お互いの満足げな表情を撮りあったのがこの写真だ。

さて、この写真のパッケージに描かれている黒い牛は、11608年にサミュエル・ド・シャンプランとともにヨーロッパ大陸からやってきた牛なんだそうだ。
フランスから今のケベック・シティにやってきて丸太の砦を築いたシャンプラン。カナダという国が成立するための第一歩を築いた、あのシャンプランといっしょに来た牛なのだ。
ただしこの黒い牛、第二次世界大戦ごろまでは500頭ほどいたものの、その後激減してしまったという。

それを1カ所に集めて育てることにより頭数も回復し、今ではシャルルボアにある3つの牧場で、計150頭ほどが飼育されるまでになった。
“シャンプランの牛”のミルクを使い、6カ月かけて作ったこのチーズは、しっとりとしてホロリとした食感。ほんのりと塩味も感じた。なんだかカナダの歴史を味わうようなチーズだ。

シャルルボアにはもう一軒見ておくべきチーズ生産者がある。「メゾン・ダフィナージュ・モーリス・デュフール(Maison d’Affinage Maurice Dufour)」だ。
ここで作る6種類のチーズのうち、なんと2つがカナダ全土でナンバーワンに輝いたことがあるそうだ。
僕が気になったのは、羊のミルクで作られたこのチーズ。外側には白カビに覆われた皮のような部分があって中はトロトロ。皮が器のようになっていて一見、チーズフォンデュみたいだけれど、冷やしてもトロトロのままなのだ。これ、どういう仕組みでこうなるんだろう。

店舗のすぐうしろの建物では、このチーズを生み出してくれている羊が飼われていると聞いて覗いてみた。
ちょうど毛を刈られている最中で、なんだかもう「どうにでもして」という顔つきで羊がおとなしくしている。
ミルクをいただいたり、暖かい毛をいただいたり、羊のみなさんにはいろいろと申し訳ない。

豪華列車の朝食にホウレン草のキッシュが出される背景には、ケベックやカナダを代表するような上質のチーズの数々があるのだ。
朝日の眩しさの中で、僕はキッシュを頬張った。間違いなくおいしい。美味しいものを食べることって、ほんとうに「しあわせ」だと思う。
シャルルボアは間違いなく、「しあわせ」なチーズの王国だ。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを加筆・修正しています。

⇒〔続きを読む〕第4回 可愛いけれど、おいしそう

しあわせ写真

シャルルボアのチーズ

おいしさいっぱいのシャルルボアは食の宝庫。その中でも絶品のチーズはぜひとも味わってほしいものの1つだ。