旅の物語

ケベック謎解きの旅

第3回 なぜ氷の滝を登ったのか

カナダ・ケベック州

わざわざ日本からケベックまでやって来て、僕は「謎解き」ばかりをしていたわけではない。ケベックの魅力や楽しさを紹介するのも今回の旅の大きな目的なのだ。
「Joie de Vivre」(ジョワ・ド・ヴィーヴル)
「生きる喜び」といった意味で、ケベックの人が大好きな言葉だそうだ。さすがフランス系、「人生楽しまなくちゃ」といったところだろう。

だから彼らは氷点下の冬にも関わらず、屋外に出て大いに楽しんでいる。街中では寒いのにジョギングしている人にもしばしば出くわした。しかし、だからといって、凍った滝を登るアイスクライミングなんてこと、よくもまあやるもんだと思う。

ナイアガラの滝より30メートルも落差のある「モンモランシー滝」。滝に向かって右側は水量が多くて冬でも完全には凍らないけれど、左側は見事な氷の壁になっている。それを登るという極めてシンプルなアクティビティだ。そして僕も、これからこの凍った滝を登るんだそうだ。どうしてこんなことになったのか自分でもよく分からない。

確かに日本を出発する前、「念のため」ということで靴のサイズを尋ねられた記憶はある。しかし、「自分で登ったら写真が撮れないから」と言っておいたはずだ。それにそもそも、僕はアウトドア派ではないし、ひどい高所恐怖症でもある。靴のサイズはあくまで「念のため」だったはずなのだが、現場に到着したらすっかり登る前提になっていて、インストラクターのお兄ちゃんが僕の靴を持ってスタンバイしていた。

靴にはこんな金具がしっかり取り付けられ、このつま先を「ガスッ」と氷の壁に突き刺していく。そうして足場を固めながら、両手に持ったピッケルでカマキリみたいにして登っていくのだ。

ケベック・シティからモンモランシー滝に向かう前、日本人通訳の人にちょっと聞いたら、「地元の人はあまりやらないですよ。旅行で来たフランス人とかじゃないですか、あれをやるのは」と言っていた。一方、インストラクターのお兄ちゃんは「地元の人もみんな大好き。ケベックの人も旅行者もみんなやるよ」と笑顔で話していた。どっちが本当なんだろうか。
簡単な説明だけ受けて、「さあ、行きましょうか」みたいな感じで、心の準備もないまま氷の壁を登り始めた。下を見ちゃいけない。僕の高所恐怖症が発症してしまう。


が積もっているところは靴の金具もピッケルもうまく突き刺さるけれど、固い氷の部分となると、どこに足場をつくればいいのか、どこにピッケルを打ちこめばいいのか判断が難しい。力任せにピッケルを打ち付けると、砕けた氷の塊が自分の方に飛んでくるので要注意だ。
急に思い出したけれど、登る前にこの滝の周辺では泳いじゃダメ、みたいな看板が雪に埋もれていたっけ。夏に泳ぐのと冬に氷を登るのとではどっちが危険なんだろう。責任者には是非見解を示していただきたい。

登っていくうちに「意外といけるなあ」などと思い始めるんだから、人間なんていいかげんなもんだ。一歩一歩、上を目指し、最後にゴールに到達した時には氷の壁にへばりついて一息ついた。いやあ、やればできるもんだ。とにかく登りきった。ただ一生懸命やっただけだし、降りてきた時には息もゼーゼー上がってはいたけれど、自分で自分を褒めてあげたい。よくやった。

インストラクターのお兄ちゃんが「次はどうする?」って聞くんだけど、「次」って何のことだね、キミ。お兄ちゃんによると、普通は午前中から午後まで5~6回は登るんだそうだ。
「本当にもう登らないの?」とお兄ちゃんが不思議そうに聞くけれど、さっきもはっきり言ったはずだ。もうやらない。

このあと、モンモランシー滝公園の管理事務所の職員とでも言えばいいのかな、事務所のブリジットという女性らとの昼食になり、ようやくビールにありついた。防寒着の中ではけっこう汗をかいたので、いつにもまして冷えたビールが美味しい。ブリジットが言う。
「アイスクライミングをやりに日本人が来るって聞いて、珍しいなって思ってたんだけど」
そして、ブリジットの笑顔。日本人はあまりやらないのか。僕は自分の眉間に縦ジワが入るのをはっきりと感じた。日本人の中でも、とりわけこういうことやらないタイプの僕が氷の滝を登り、カナダ人に珍しがられていたってわけだ。

既に体験してしまった立場だから、言う。僕にだってできた。だからみんなにもできる。女性だって登っていた。そして、終わったあとの地ビールは最高だ。
みんなも冬のモンモランシー滝でアイスクライミングを体験した時、インストラクターのお兄ちゃんがサングラスの下でニヤッと笑ったら、きっとこういうことだと思って欲しい。
「なんか最近、変わった日本人が増えてきたなあ」。
きっとそういうことだ。間違いない。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアター https://www.canada.jp/ に掲載したものを加筆・修正しています。

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しあわせ写真

モンモランシー滝

あのナイアガラの滝を落差で30メートルも勝るのが、ケベック・シティ近郊にあるモンモランシー滝だ。頂上には橋が渡されていて、渡りながら、あるいは橋のたもとから、膨大な水を流れ落ちるのを間近に見ることができる。