旅の物語

アルバータの物語

第5回 カウボーイとフェンス

アルバータ州カルガリー

牧場を経営している人をカウボーイとは呼ばない方がいいようだ。両者は違う職種を意味している。カウボーイは、馬や幌馬車に乗って牛の大群を引き連れ、長い旅を経て町や鉄道駅に牛を届けるのが仕事だ。

牛を送り届ける長い旅は「ロングドライブ」と呼ばれていて、西部劇では途中で牛が逃げたりインディアンに襲撃されたりといった事件が起きるが、無事に仕事を成し遂げれば報酬はたんまり、ということになる。

カウボーイに対し、牧場主を表すとすればキーワードは「フェンス」ということになるだろう。フェンス、つまり木の柵などで囲いを作り、その中で牛を飼い育てるという仕事だ。一攫千金を狙うカウボーイと違い、「フェンス」に象徴される牧場主は、ある程度の資金をもとに土地を購入し、牧場経営を始めた人と言えるだろう。

カルガリーのウエスタンブーツの店で教えてもらった通り、馬に乗るための左のブーツはヒールが高いのに対し、右のブーツは地面を歩きやすいようにヒールが低めで広くできているので牧場での仕事に適している。もちろん、今では「ロングドライブ」を生業とするカウボーイはいないので、牧場経営者を含めもう少し広い範囲を人たちをカウボーイと呼んでいるということになる。

さて、「Trails & Ranch」の4代目、Rachelさんに家族の歴史について話を聞かせていただいた。牛を放牧している丘の麓のこの建物は、Rachelさんの曽祖父が1882年にアルバータにやってきた頃のもの。手前は増築された部分だが、奥の方はオリジナルだそうだ。

イギリスからの移民としてカナダにやってきたという一家が、もともと暮らしていたのは「赤毛のアン」の島、プリンス・エドワード島(PEI)だそうだ。当時、PEIで銀行や船舶のオーナーをしていたというのだから、既にある程度の財産を築いておられたのだろう。曽祖父がカナダの西部に興味を持っていたことに加え、カナダ政府がそのころ、牧畜業を営む人をアルバータに呼び寄せるため、土地利用を有利にする政策を打ち出していたことがPEIからの移住につながったようだ。

東から延びてきたカナダ太平洋鉄道(CPR)がカルガリーに到達したのは1883年のこと。だから移住にあたっては、途中から馬や幌馬車を使った「ロングドライブ」のような旅をしたのだろう。
「この建物は曾祖母がきりもりしていた頃のもの。大恐慌で経済が落ち込み、第二次世界大戦が始まると、アルバータ南部では爆撃機のパイロットの訓練が行われていたんです。彼らが休暇の時に馬に乗りに来るのをゲストとして受け入れたりして、牧場を維持したそうです」

アルバータ州の隣、サスカチュワン州の農家出身だというご主人との間には息子さんと娘さんがおられる。子供たちは牛を放牧するこの丘の湧水が大好きで、家族の間では「Ranch Water」と呼んでいるそうだ。この豊富な湧水が牧草を育ててくれるし、平地は雪でもこの丘では雨だったり、といった放牧に適した条件が備わっているという。

建物の中にはファッションではない、使い込んだカウボーイハットがずらりと掛けられていたし、これまた履き込んだという感じのウエスタンブーツも並んでいた。

ベッドルームでは、Rachelさんの祖母が作ったというキルトのカバーがベッドを暖かくくるんでいた。以前、取材したPEIにもキルトづくりの名人のようなお母さんがいて、「寒い冬にはこれが一番」と言っておられた。この建物、そしてこの丘からは、遠くPEIからやってきて牧場を守ってきた、家族の息遣いが感じられる。

「この土地とのつながりを強く感じるようになってきています。それは自分の血の中に何かがあるんだと思います。自分自身がすべてをやっていかないといけないし、食べ物がどこからやってくるのか、子供たちにすべてを見せることだってできる。土地とのつながりを強く感じることができるんです」
お子さんたちに、この牧場を継いでほしいですか?と聞くとRachelさんは「自分自身が好きなことをやればいいと思うけれど、もちろん子供たちが継いでくれたらうれしいですね」と答えてくれた。一族を見守ってきたこの丘は、5代目をどんなふうに受け入れてくれるんだろうか。(つづく)

※この記事は2015年の取材に基づいて執筆しています。

⇒〔続きを読む〕第6回 夜のカウタウン

しあわせ写真

広々とした丘で暮らす牛たち

カナディアンロッキーを臨む広大な丘で暮らすアルバータの牛たち。おいしい水が沸くこの丘が家族を包み、健康な牛を育てるのだ。