旅の物語

ケベック謎解きの旅

第6回 なぜ氷のホテルに泊まったのか

カナダ・ケベック州

わざわざ日本からケベックまでやって来て、僕は「謎解き」ばかりをしていたわけではない。ケベックの魅力や楽しさを紹介するのも今回の旅の大きな目的なのだ。
「Joie de Vivre」(ジョワ・ド・ヴィーヴル)
「生きる喜び」といった意味で、ケベックの人が大好きな言葉だそうだ。さすがフランス系、「人生楽しまなくちゃ」といったところだろう。
しかしだからといって、雪と氷で作ったホテルで一晩過ごすなんておかしなこと、よくもまあ考えつくもんだなと思う。あれ?この書き出し、どこかで書いたような。。。気のせいかなあ。

ケベックの近郊、かつては動物園があったという場所に建つのが「オテル・ドゥ・グラース」。通称アイスホテルだ。秋田県の「かまくら」が集合住宅になったようなものと言えばいいだろうか。ただし、「かまくら」なら一軒につき1つずつ炬燵(こたつ)がありそうなものだが、アイスホテルにはほぼ火の気がない。

ホテルの受付も氷、デスクの上の電話もイスも、何から何まで雪と氷で作られている。ホテルの中にはバーや結婚式を挙げられるチャペル、滑り台、そしてたくさんの寝室がある。昼間は各寝室とも自由に見学することができて、夜になると宿泊者がその寝室を専有するという仕組みだ。


寝室はそれぞれのテーマに沿った壁画みたいなものが雪の壁に掘られている。これはマヤ文明がテーマらしい。たぶんこの部屋じゃあ、眠れない。
イースター島のモヤイ像に囲まれている部屋とか、エジプトをイメージした部屋とかいろいろあった。ただし、こういう装飾のある部屋は宿泊料が若干お高めで、普通料金の寝室は何も装飾がない。
マヤ文明の神様か何かににらまれているのも落ち着かないけど、なにもない真っ白な壁というのも独房みたいでちょっと寂しい。


僕は日本を出発する前、インターネットでアイスホテルについていろいろ調べたけれど、宿泊に関して詳しいことは分からなかった。
例えば
スーツケースはどこに置くのかとか、そもそもトイレや風呂、歯磨きなんかはどうするんだとか、細かい話で恐縮だけど、深夜に鼻がぐずぐずし始めたら、部屋にはティッシュは常備されているのか、などなど。

「ホテル」というからには、このあたりは本来、大事なことだと思うのだが、全然情報がなかった。でも現地に到着して安心した。ちゃんと普通の建物の別棟があって、スーツケースはそこのロッカーに預けるシステムだったし、シャワーがあって脱衣所で歯も磨ける。
ソファーが2セットぐらいあるロビーみたいなスペースはたぶん、自分の寝室で眠れなかった人が深夜に逃げ込んでくるためでもあるようだ。

屋外にはスパ&サウナが4つあって、氷点下にあって温かい風呂が楽しめる。ただし、別棟との行き帰りはサンダル履きで水着の上にバスローブという感じだから相当寒いし、特に出た後は湯冷めすること必至。なんたって氷点下が当たり前なんだからこれはもう、パスすることに決めた。
さて、勇気ある宿泊者たちには事前にレクチャーが行われる。部屋はマイナス4度に保たれている一方で、この寝袋はマイナス40度まで耐えられるから大丈夫、というのが説明のポイントだった。

これが僕が泊まった部屋だ。ケベックの歴史が壁画として描かれているというんだけれど、あまり見る余裕もない。問題は氷のベッドの上に毛皮1枚、それに寝袋という装備で果たして寝られるのかという、その一点だ。
レクチャーでは、寝袋の中に隙間があると温度が下がるので、ダウンなどの上着を足元に詰めるように言われた。その通りにして寝袋の中へと入り、内側から隙間ができないように首もとをきっちりとしめる。顔だけ出ている状態だけど、これって顔を冷蔵庫に突っ込んでるようなもんじゃないのか。この状態で眠れなかったら、本当に地獄をみるなあ。

◇◇◇

いやあ、よく寝た。午前6時までぐっすりだ。時差ボケも一気に解消した感じ。人間、寝るしかないとなると寝られるもんだ。せっかくだから、早朝からスパ&サウナにも行ってみた。暖かくて気持ちがいい。外気が氷点下とは思えない。

さて、お湯から出た瞬間にふと思った。そうだ、ここからが大変なんだ。体が濡れているので、うまくバスローブに袖が通らず、ひっかかってしまう。中途半端に半分ほど着たまま急いで湯船の蓋をしめようとするんだけど、蓋が重たくてなかなかうまくいかない。そうこうしているうちに濡れた体からどんどん体温が奪われていく。そうだった、だからスパ&サウナはパスする予定だったじゃないか。我ながら迂闊すぎる。

死ぬかと思った。よく考えて行動すること。これがきょうの反省点だ。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアター https://www.canada.jp/ に掲載したものを加筆・修正しています。

⇒第7回 陸を進む船「バーチ・バーク・カヌー」 へ

しあわせ写真

アイスホテルのチャペル

やはりすべて雪と氷でつくられたアイスホテルのチャペル。幻想的ではあるのだが、ここでどんな格好をして結婚式を挙げるのだろうか。