旅の物語

ケベック謎解きの旅

第7回 陸を進む船「バーチ・バーク・カヌー」

カナダ・ケベック州

カナダ中が愛してやまないスノーマン、ボノムは、公式に認められた毛皮交易人=ファー・トレーダーだけに許される赤い帽子「トゥーク」をかぶっていた。ヨーロッパ人は自らビーバーを捕まえることができないため、罠を使ってビーバーを捕らえる先住民のトラッパーのもとに足を運び、毛皮を入手していた。だとすると、先住民ワンダット最後のトラッパーであるマークのおじいさんのところにも、赤い帽子をかぶったファー・トレーダーが足繁く通って来たのだろうか。

「じいさんがビーバーを捕まえていた場所は、ここからカヌーと歩きで3日ぐらいのところだ。秋の終わりか冬になる前に出発して、ずっと帰ってこなかった。戻ってくるのは春。イースターのころだね」
寒い冬を乗り切るため、ビーバーも自らの毛皮を分厚いものへと変化させていく。だから毛皮を目的にビーバーを捕らえるのも冬が適している。そんなトラッパーたちの移動手段がカヌーと歩きだった。

白黒の古い写真を見せせてもらった。マークの母方の人たちだそうだ。
「みんなトラッパーだった。スノー・シューを履いて何日も何日も雪の中を歩いて狩りをしていたんだ。スノー・シューを履いたまま飛び上がって宙返りして着地する、なんて芸当もできたらしい」

楕円形に近い現代のスノー・シューに対し、先住民のそれはラケットのような形をしている。それをはいて雪の上を移動していた毛皮交易人たちがラケッターと呼ばれたのも頷ける話だ。

ビーバーを捕らえる先住民のトラッパーが、スノー・シューとともに移動手段として使ったのがカヌーだった。幸運にもワンダケのホテルに併設された先住民のテント「ティピ」の形をした博物館で、マークが2013年夏に作ったカヌーを見せてもらうことができた。カヌーづくりの伝統を絶やさないようにと、長老たちの指導の下、作業に当たったのだという。こうしたカヌーは「バーチ・バーク・カヌー(Birch-Bark Canoe)」と呼ばれている。

バーチ・バーク、つまり白樺の樹皮で作られたカヌーだ。釘などの金属は一切使わずに、樹皮で一艘のカヌーを造りあげる。先住民たちが生み出した芸術品だ。同時にそれは、この大地で生き抜いていくために不可欠な、スノー・シューにも勝る移動手段だった。マークは言う。
「カヌーづくりは樹齢80年以上の白樺の中から枝や傷、線の入っていないものを選ぶところから始まる。樹皮を剥いだ白樺は枯れてしまうので、幹の部分はカヌーの内側のクロスバーなどの部材として使うんだ」

「樹皮を編み合わせるのに使うのは『トウヒ』の木の根。お湯で煮て柔らかくしたあと、縦に裂いて紐のようにして使う。防水が必要な部分にはトウヒの樹脂と熊の油を合わせたものを糊のように塗るんだ」
白樺の樹皮で作られた船体は滑らかで優雅な曲線を描いている。樹脂と熊の油によって施された防水加工は、樹皮というキャンバスの上に描かれた文様のようだ。
美しい流線型のカヌーは、白樺の樹皮、トウヒの根など、すべて自然の素材だけでできている。だからこそバーチ・バーク・カヌーには2つの利点がある。1つは材料がすべて森の中にあるから、壊れても修理が容易なこと。もう1つは、とても軽いので滝や急流に差し掛かった時には、カヌーをかついで陸上を移動できることだ。

マークが作ったバーチ・バーク・カヌーは2人乗りだ。おじいさんは気の合う相棒と組み、ひと冬続く狩りに臨んだという。これに対しファー・トレーダーたちのカヌーはずっと大きくて、15人ほどが乗れる。といっても、ビーバーの毛皮を含めて様々な荷物があった上での15人乗りだ。かつては全長25メートルなんてバーチ・バーク・カヌーもあったそうだ。
ファー・トレーダーたちはケベックやモントリオールから五大湖を経て川を進み、陸地ではカヌーを担ぎ上げて歩き、ウィニペグ湖やアサバスカ地方にまで移動していたという。その距離は最大で5000キロにも達した。

カヌーを漕ぎ、陸地ではカヌーや荷物を担いで移動する5000キロという距離を、どうイメージしたらいいのだろう。飛行機に乗れば日本列島を飛び出してしまう距離だ。

かつて人はパドルを漕ぎ、急流や滝にさしかかったり、川が途絶えた時には次の川を目指してカヌーと荷物を背負い、陸地を進んだ。その気が遠くなるような繰り返しが5000キロなのだ。

マークがカヌーの内側を支えるクロスバーなどを作るための刃物の使い方を実演してくれた。素朴で小さな道具だ。チェーンソーや電動ノコギリがあるわけではない。こんな刃物を使って人は白樺の樹皮のカヌーをつくりあげ、水上と陸上を5000キロも移動し続けた。

陸を進む船。それがバーチ・バーク・カヌーなのだ。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアター https://www.canada.jp/ に掲載したものを加筆・修正しています。

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しあわせ写真

白樺のカヌーを生み出す道具

白樺の樹皮でつくるバーチ・バーク・カヌーは、こんな素朴で小さな道具によって生み出される。そのカヌーは陸上をも進み、5000キロもの距離を移動し続けたのだ。