旅の物語

アルバータの物語

第7回 チャックワゴンで朝食を

アルバータ州カルガリー

どこまでも広がるプレーリーの雲を朝日が照らし始めた。カルガリーの夜が明けようとしている。ホテルの窓から見る夜明けは高層ビルに囲まれていたけれど、かつて牛を追って大平原を移動したカウボーイが目にしたのも、これと同じきれいなオレンジ色をしていたはずだ。

当時、牛と移動を続けるカウボーイのお腹を満たす重要な役割を果たしていたのが「チャックワゴン(CHUCKWAGON)」と呼ばれる幌馬車だ。「CHUCK」とはfoodのスラングで、食材を積んだこの馬車には料理を作る道具が備え付けられており、後部は広げるとテーブルにもなった。いわば食堂車のようなものだ。

幌馬車の名前は、カウボーイの祭典「カルガリースタンピード」の一番人気の催し物「チャックワゴンレース」に受け継がれている。しかし、ダウンタウンから車で45分ほど、カウボーイトレイルの愛称で呼ばれる街道を進んだところにある「チャックワゴン・カフェ」は、幌馬車の時代と変わらず今もアルバータの人たちのお腹を満たしてくれている。

「チャックワゴン・カフェ」で1番人気だというハウスバーガーのボリュームといったらどうだろうか。このバーガーを2つ重ね合わせてかぶりつくのだけれど、ちょっと口に入るかどうか自信がない。お次はアルバータビーフのステーキの上にたっぷりのエッグベネディグトという贅沢な組み合わせだ。

1973年にオーナーのTerry Myhreさんがオープンしたこの店は、その味が新聞やテレビで取り上げられたり、カルガリーのベストバーガーに選ばれたことから人気に火がつき、いまでは遠くから車を飛ばして食べに来る人が後を絶たないそうだ。ビーフと大麦の「ビーフ・バーリー・スープ」はカウボーイのスープとも言われ、大麦のプチプチ感がまた楽しい。

店で提供するアルバータビーフは、オーナーのTerry さんが自身の牧場でホルモン剤などの添加物を一切使わずに育てた牛。いずれも等級は「AAA」で、ハンバーガーに使うひき肉までもが当然のように「AAA」。周囲は牧場ばかりの土地だ。味にはうるさい「隣人」ばかりの中で、本当に美味しいと認められた味と安全性こそが「チャックワゴン・カフェ」なのだろう。

営業時間は朝の8時から午後2時半まで。店を開けて最初に入ってくるのは早朝から働いているこのあたりの牧場主など。シーズンによっては釣り人やハンターなども朝早くから訪れるという。9時ぐらいからは遠いエリアからやってきた人たち、そして全世界からの旅行者で席はいっぱいになる。

この若いご夫婦も、「チャックワゴン・カフェ」でハンバーガーを食べるためだけにわざわざ車を飛ばしてやってきたそうだ。お願いしたら、2人そろってハンバーガーにパクついてくれた。本当に美味しそうな表情だ。ご協力に心から感謝したい。

牛の群れを引き連れて移動し続けるカウボーイたちに、食事を提供していた幌馬車のチャックワゴン。つらくて長い旅の唯一の楽しみが食事だったのは間違いない。カウボーイの月給が30~40ドルだったのに対し、料理人は50ドルだったという。だとすれば、美味しいものを提供しなければカウボーイたちの怒りを買ってしまうから、料理人もおいそれと手は抜けなかっただろう。

カルガリーを旅したら、ぜひとも大きな口を開けてハンバーガーにパクついてみてほしい。幌馬車のチャックワゴンがカウボーイを元気にしたように、ボリューム満点のアルバータビーフのハンバーガーが「きょうもいろいろ見てやろう」という元気を与えてくれるはずだ。(つづく)

※この記事は2015年の取材に基づいて執筆しています。

⇒〔続きを読む〕第8回 「Bar U Ranch」の円卓

 

 

しあわせ写真

朝焼けに染まるカルガリーの朝

プレーリーの空は独特だ。ずっと遠くまで空が見えて、その先に雲がのびのびと広がっている。かつてカウボーイたちが見た朝焼けもこんなきれいな景色だったろう。