旅の物語

ケベック謎解きの旅

第8回 ミッシング・リンク

カナダ・ケベック州

毛皮交易人=ファー・トレーダーが、ビーバーを捕らえてくれる先住民トラッパーに毛皮の対価として用意したのはヤカンやタバコ、ビーズに毛布といったもの。先住民にとってヨーロッパのお金は無用の長物だったから、毛皮交易はこうした日用品と毛皮の物々交換の形で行われていた。そんな取引を介して一定の協力関係があったからこそ、先住民からヨーロッパ人へとメープル・シロップの存在が伝えられたと僕は想像している。

以来、ヨーロッパからやって来た人たちは砂糖カエデの樹液の甘さを愛し、メープル・シロップだけでなくメープル・バター、メープル・シュガーなどさまざまな商品をつくるようになった。だからケベックには、砂糖カエデのチップで燻製したスモークサーモンなんて商品まである。
サーモンを燻製にするのに砂糖カエデの木を使うのは、甘い香りと風味が出ることと、サーモンに付けた塩味をマイルドに抑えてくれるからだという。しかし味の問題だけではなく、ケベックの人にとってメープルシロップがなくてはならない存在だからこそ生まれた商品なのだと思えてならない。

しかし、先住民がどのようにして樹液が甘いことを知り、先住民がつくるメープル・シロップがどのようにしてヨーロッパ人に伝えられたのかは諸説あってはっきりしない。例えば、こんな言い伝えがある。
ある日、狩りが不調に終わった先住民の男が腹立ちまぎれに投げつけたオノが木の幹に突き刺さり、流れ出した樹液が偶然、真下にあった鍋に樹液がポトリ、ポトリ。あとでその鍋でつくった料理を食べてみると甘さが感じられてビックリしたというストーリーだ。
しかし、ヨーロッパ人と出会う前の先住民のオノは石でできていたから気の幹にグサリというのも難しい気がする。それに当時の先住民が使っていた「器」は、あのカヌーと同じ白樺の樹皮で作ったものだ。鍋を火にかけて、というのもちょっと考えにくい話だ。

ケベックの人たちが愛してやまないメープル・シロップがどのようにしてヨーロッパ人に伝えられたのか。「謎」を追って、僕はケベック・シティの「Maple Delights」という店を訪ねてみることにした。このメープルシロップ専門店の地下には、メープルシロップのミニ博物館があるのだ。そこで若い男性店員がこう説明してくれた。
「先住民はヨーロッパ人の入植者たちがやってくるまで、樹液を火にかけて煮詰めることはしていませんでした。だから今のようなシロップは作っていなかったようです」

先住民はメープル・シロップを作っていなかった?だとすると、先住民はヨーロッパ人に何を伝えたのだろうか。
「先住民は樹液を料理に使っていたかもしれないし、スープのように飲んでいたのかもしれない。そのあたりはよく分かりません」
僕はさらに「謎」を追って、カナダの首都オタワへと移動した。ここで先住民がどうやって樹液を利用していたのかを見ることができるというのだ。

毎年オタワで開催される冬の祭典「ウインター・ルード」。会場の一角で2人の女性がデモンストレーションを買って出てくれた。
くり抜いた丸太を満たす水が砂糖カエデの樹液の代わりだ。彼女たちは火で焼いた石を鹿の角を使って取り出し、木の葉で灰を払うと水の中に投げ込んだ。ジューっという音とともに湯気が立ち上る。
この作業を延々と繰り返し、樹液の水分を飛ばしていく。これが鉄の鍋を持たない先住民がかつてやっていた方法だという。しかし、この作業をいくら続けても僕らがイメージするようなメープルシロップになるとは到底思えない。

焼いた石を投げ込み続けた樹液の濃度は増していくだろう。しかし、その先にあるのはさらさらと流れるシロップではない。先住民は砂糖カエデの樹液が持つ甘さを知っていた。しかし、彼らがつくっていたのはメープル・シロップではなさそうだ。
甘い樹液とシロップはストレートにはつながらない。両者の間には明らかに「ミッシング・リンク」があるのだ。毛皮交易での物々交換の関係を通じ、先住民がヨーロッパ人にメープル・シロップを伝えたという僕の推論はどうやら間違っているかもしれない。先住民が伝えたものがシロップではないとしたら何だったのか。僕は次に、メープル・シロップの歴史に詳しいバーノンさんのシュガー・シャックに向かうことにした。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアター https://www.canada.jp/ に掲載したものを加筆・修正しています。

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しあわせ写真

砂糖カエデのチップでスモークしたサーモン

ケベックにあるスモークサーモンを製造する会社では、メープルシロップを生み出す砂糖カエデのチップでサーモンをスモークしていた。甘さと風味がサーモンに加わるというのだが、そもそもケベックの人たちが無類のメープルシロップ好きだからこそ生まれた味なのだろうと思えてならない。