旅の物語

永遠のカヌー

第3回 素朴な疑問

オンタリオ州・アルゴンキン州立公園

生まれて初めてのカヌーによるキャンプ体験が始まる。その2週間ほど前、僕は日本で、現地ガイドさんから送ってもらった「持ち物リスト」を見ながら旅の準備を進めていた。その中でピンとこなかったのが「カヌー用短パン、または速乾性の長ズボン」とか、「カヌーシューズ」という記述だった。

短パンと長ズボンのどちらがいいのか、そもそもカヌーシューズって何なのか。ネットで調べたところ、靴に入った水が外に抜けていくメッシュのような靴がカヌーにはいいらしい。カヌーの中に水が入って船底に水がたまるのだろうか。

 

 

本格的にカヌーを始めるわけじゃあないのだが、などと思いつつスポーツ用品店に出向くと、店頭に海辺や磯で遊ぶ時の「マリンシューズ」なるものが並んでいた。夏の終わりのセール品らしく、2000円以下のお手頃価格だったので「こんなんでいいんだろうな」と適当に購入してみた。

さきほど湖畔のショップでレンタルした黄色いカヌーでさあ漕ぎ出そう、という段になって、ガイドさんがジャブジャブと水の中に入っていった。それでようやく意味が分かった。カヌーは川でも湖でも好きなところで自由に乗り降りできるのが利点だ。だからその際には当然、「ジャブジャブ」となるのだ。「カヌー用の短パンまたは速乾性の長ズボン」とは、濡れないように短パンをはくか、濡れてもいいように最初から速乾性の長ズボンをはくか、ということだった。

カヌーを水際近くに浮かべ、中に荷物を積んでいく。陸地で積んでしまうと、そのあと水辺までカヌーを引きずって行かなくてはならなくなる。テントや食料などは水に濡れても大丈夫な「カヌーパック」に入れ、途中でずれたりしないようカヌーの中に隙間なくしっかりと詰めていく。

パドルの握り方はこうだ。一番上を手のひらで包み込むようにして、もう一方の手はパドルの中ほどをつかんで水をかく。かつて、ディズニーランドでも教えてもらった。カヌーへの乗り込み方、降り方などのレクチャーを受けて出発だ。最初は揺れが少し怖かったけれど、すぐに慣れてくる。そんなに懸命に漕がなくてもカヌーはすべるように湖面を進んでいく。

生意気を言うようで恐縮だが、カヌーって意外に簡単だ。漕ぎ進んでいくとたくさんのカヌーとすれ違う。こちらは女性2人に愛犬のトリオでキャンプということのようだ。カナダ人は子供の頃からカヌーやキャンプに慣れ親しんでいることがよく分かる。

水着になって湖畔の岩の上でくつろいでいるカップルは、声をかけるとこちらに手を振ってくれた。キャンプとかアウトドアというより、ピクニックみたいだ。ウェアとか便利グッズとかを買いそろえる、肩に力の入ったアウトドアではない。アルゴンキンでのキャンプは本当に気軽で自由な感じがする。

こっちのカップルは後ろの男の方が、ふざけてヒゲをつけて遊んでいる。この写真で分かってもらえるだろうか。アイツ、さっきから全然漕いでいないのだ。直後に当然のごとく、「ふざけてないでさっさと漕げ」という感じで彼女に怒られていた。今回の旅に出発する前、僕は日本でカヌーとボートの違いについて調べた末に、前を向いて漕ぐのがカヌー、うしろを向いて漕ぐのがボート、という結論に達していた。そして、ここからは僕の勝手な解釈なのだが、ボートにはどうも「上下関係」があるような気がしてならないのだ。海軍で言えば、オールを手にボートを漕いでいるのが水兵で、行く先を見つめている上官、といった関係だ。

これがカップルのデートの場合、献身的にオールを漕ぐ男性と、それを見つめながら何もせずに微笑む女性、ということになるのかもしれない。見つめあう2人の間には明らかな「上下関係」があるように思う。この上下関係は、結婚してからも一生続くのだ。

これに対して我らがカヌーは、カップルでも夫婦でも同じように前を向き、息を合わせていっしょにパドルを漕ぐ。お互いがその役割を果たさないとまっすぐ進まないのだ。つまり、カヌーにはボートのような上下関係はなく、その基本は共同作業なのだと思う。ところで、さっきのヒゲの兄ちゃんは手を抜いていたので彼女にこっぴどくしかられていた。しかしこの事例は、常日頃からあの2人の間に存在する上下関係がたまたまカヌー上において表現されたにすぎない。カヌーとはまったく無関係に、彼はしかられる運命にあったのだ。
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シリーズ「永遠のカヌー」は2015年の取材に基いています。

しあわせ写真

カナダ人は自然体でカヌーを楽しむ

カナダ人は、子どもの頃からカヌーとかキャンプとかをする機会が日本人より圧倒的に多いのだろう。みんなアウトドア!などと肩に力を入れず、自然体でカヌーを楽しんでいる。