それにしてもすごい人気だ。「ケベック・ウインター・カーニバル」の会場にボノムが現れたとたん、周りの人たちが一斉に騒ぎ始めた。
ボノム! ボノム! ボノム!
いっしょに写真におさまっているこの女性の表情と言ったらどうだろう。隣にいるのがレオナルド・ディカプリオとかブラッド・ピットなら誰も文句は言わない。しかし、そこにいるのは間違いなく、ただのでっかいスノーマンなのだ。
ボノムは子供たちにも大人気だ。みんな「ボノム~」と大きなお腹に抱き着いたまま離れようとしない。そんな光景を目にしながら、僕はひとり小さくつぶやいていた。
「なんだ? これ」
正直言ってさほど可愛くもない。もっとはっきり言うと、ぱっとしない「ゆるキャラ」みたいなもんだと思う。日本人にとって、このスノーマンの魅力と人気は極めて理解しがたいものがある。
ボノムは1月末から2月中旬まで、毎年ケベック・シティで開催される雪と氷の祭典「ケベック・ウインター・カーニバル」のマスコットだ。期間中、ケベックの街は「どこにこんなに人がいたんだ?」と思うぐらい見物客でごった返す。そして街中がボノムだらけになる。店の入口やショーウインドウ、ホテルのロビーなど、至るところにボノムの人形や看板、ステッカーが飾られる。とにかく、ボノム、ボノム、ボノムなのだ。
ボノムは、冬のケベックのスーパースターと言っていい。だからさっき、僕がボノムを「マスコット」と書いたことも、許されざることなのかもしれない。なにしろ、取材でお世話になったケベック州政府観光局のスタッフは、ボノムについて僕に真顔でこう言ったのだ。
「ボノムはただのマスコットじゃない。スノーマンなんだ」
僕にはこの言葉の意味がよく理解できなかった。さらに彼はこうも言った。
「子供たちに調査したところ、サンタクロースとの大きな違いは、サンタクロースは作り話だけど、ボノムは本物だってことなんだ」
この発言の意味も、僕にはやはり理解できなかった。僕の言葉の理解力には何か重大な欠陥でもあるんだろうか。あるいはとんでもない通訳ミスなんだろうか。
「90パーセントのカナダ人がボノムを知っている。でも、イヌイットみたいな先住民もいるから、実態としては100パーセントのカナダ人がボノムを知っていると言ってもいいと思う」
パーセンテージの真偽について議論するつもりは毛頭ない。しかし、もしこの広大なカナダ全土を対象に「ボノムを知っているか」という世論調査が実施されたんだとしたら、そっちの方が驚きだ。いったいどこからそんな予算が出たんだろうか。
「なんだ? これ」
僕がもう1回、今度は心の中で小さくつぶやいていると、彼は気になる説明を始めた。
「毛皮の交易人たちは、ラケッターと呼ばれていた。それはスノー・シューがテニスなどのラケットの形に似ていたからだ。そして、彼らラケッターの中で、法的に認められた交易人は、その証しとして赤い帽子をかぶっていたんだ」
雪上を進むための道具スノー・シューは、日本風に言えば「かんじき」だ。罠を使ってビーバーを捕らえるトラッパーに対し、その毛皮を手に入れるため雪の中を歩き回る毛皮交易人=ファー・トレーダーは、足に付けたスノー・シューの形状からラケッターとも呼ばれていたということだ。
そしてボノムは、正規のファー・トレーダーだけに許されたのと同じ赤い帽子をかぶっている。カナダでは、こうした「つば」のないニット帽を「トゥーク(toque)」と呼ぶ。
ボノムの正体は、ビーバーの毛皮交易人=ファー・トレーダーなのだろうか。もしそうなら、ボノムは僕が追っているビーバーやメープル・シロップの「謎」に関係してくる存在なのかもしれない。冬のスーパースター、ボノム。彼はいったい何者なんだろうか。
この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアター https://www.canada.jp/ に掲載したものを加筆・修正しています。
しあわせ写真
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ケベック・ウインター・カーニバル
毎年1月末から2月にかけて、ケベックシティで開催される「ケベック・ウインター・カーニバル」。日本の札幌雪まつりとともに「世界3大雪まつり」にひとつに数えられる真冬の祭典の主役こそ、日本人にはなんとも理解しがたい「ボノム」なのだ。