旅の物語

アルバータの物語

第2回 一生ものの帽子

アルバータ州カルガリー

カウタウンと呼ばれるカルガリーには、今も昔と変わらぬ製法で正真正銘のカウボーイハットを作っている店がある。1919年創業の「Smithbilt Hats」だ。

カルガリーのおもてなしの象徴、空港にいたお父さん、お母さん方がかぶっていたホワイトハットはこの帽子店で生まれた。

それにしても、帽子屋の店内にカウボーイハットばかりがずらりと並んでいる光景なんて日本では絶対お目にかかれない。店の奥が工房になっているということで、早速その製造工程を見せてもらうことにした。

最初の段階のカウボーイハットってこんな感じ。麦わら帽子みたいな形をした、ただのウールのフェルト地に過ぎない。これを機械で固定し、蒸気で柔らかくしたあと、頭の部分や独特な「つば」の反り返りを大きさや形の違う木製の型で成形してくのだ。

ここでの作業はすべてが手作業。コンピューターなんて使わないし、流れ作業もない。ひとつひとつ、昔と変わらぬ丁寧な手作業が続いていく。使われている機械もみんな1919年の創業当時のもので、すべてがオリジナルだ。

なかには1889年製という年代ものの機械まであった。どれもこれも頑丈に作られているので、消耗する部分以外は壊れたりしないんだそうだ。どこか1カ所でも壊れたら買い換えるしかない最近の電化製品に比べると、なんとまあ、たくましいことだろう。

この店で作られるカウボーイハットは1万円ぐらいから10万円ぐらいするものまであるそうだが、最高級品のビーバーハットはこれらのマシンと同様、一生ものだと説明された。ビーバーハットとは、ビーバーの毛を使ったフェルトの帽子。かつてはイギリス紳士の山高帽やヨーロッパ貴族の帽子はみんなビーバーハットだった。帽子の材料となるビーバーを求め、フランス人やイギリス人がのちにカナダとなる大地を移動し、カナダの建国へとつながっていった。

「Smithbilt Hats」が世に送り出すカウボーイハットが一生ものであることを保証してくれるのが、ものすごい存在感を醸し出しているこの職人さんだ。何かの映画に重要な役どころで出演していたような気にさせられる。とにかく、こうした職人さんがくたびれた帽子に蒸気をあてたり、汚れた表面を細かい紙やすりで削ったりして、帽子を新品のように生まれ変わらせてくれる。もちろん、もともとの質がいい帽子だからこそできることだろう。

さて、「Smithbilt Hats」のモリス氏という方が、本来は汚れやすいためカウボーイハットには向かない真っ白なホワイトハットを作り出したのは1946年のことだそうだ。その2年後、グレイカップというカナダ最大のフットボール大会に地元チームのカルガリー・スタンピーダーが出場することになり、ホワイトハットをかぶった選手やファンが飛行機で試合が行われるトロントに乗り込んだのだそうだ。

すると、この派手なカウボーイハットが人目を引き、新聞でも取り上げられたことからホワイトハットは一躍、カナダ国内で広く知られるようになったのだという。そして1950年代に入ると、当時のカルガリー市長が訪問客にこのホワイトハットを贈るようになり、いつしか白い帽子はカルガリーのおもてなしに欠くことのできないものとなっていった。

「Smithbilt Hats」の店内には、カウボーイハットをかぶった各国のVIPやスターの写真がたくさん貼ってあった。その中には、我らが日本国の元総理大臣の写真もあった。2002年にアルバータ州のカナナスキスで開かれた主要国首脳会議(G7サミット)の際の写真だろう。

それにしてもそのヘアスタイルじゃあ、カウボーイハットは似合わないよなあ。髪が横から「むにゅん」とはみだしてしまう。まあ、僕も帽子がまったく似合わないので他人のことを言えた義理ではないけれど、とりあえずこの悪口が元総理の目に触れないことを祈りつつ、話を先に進めたいと思う。(つづく)

※この記事は2015年の取材に基づいて執筆しています。

⇒〔続きを読む〕第3回 TVカウボーイ

 

しあわせ写真

ものすごい存在感の帽子職人さん

「ホワイトハット」発祥の店で出会った、ものすごい存在感の帽子職人の方。近くにいると、つい自分もカウボーイハットを買って帰りたくなってしまう。まあ、絶対に似合わないのだが。