さて、僕はイースタン・タウンシップスで、本場のメープル料理、それも家庭料理に触れながら、自分でも料理を体験させてもらうことになっている。僕にメープル料理を教えてくれるのは、笑顔が素敵なビッキーさん。これでお孫さんがいるというのだから驚きだ。ビッキーさんはイースタンタウンシップスに暮らし、お宅では乳牛を飼い、砂糖カエデの木から自家製メープルシロップも作っておられる。
僕はずっと、メープルシロップを砂糖やみりんの代替品のように扱うのはもったいないと言い続けている。日本で広めるために、少し無理してメープルシロップを使っているような気がしてならないのだ。
だから、日本でもっとメープルシロップを身近なものにするためには、メープルシロップならではの使い方、それもレストランで出てくるような料理ではなく、一般家庭でも手軽に作れる料理を知ってもらうのが早道なんだろうと思ったのだ。それも、男の僕でもできるとなれば、そのメープル料理のハードルはぐっと低くなるに違いない。
「人に料理を教えたことなんてないから」というビッキーさんお勧めの料理は、「豚ヒレ肉のメープルシロップ焼」とでも言えばいいんだろうか。ヒレ肉をメープルシロップから作った“メープルリキュール”とマスタード、それにパセリの中に漬け込んでおく。漬け込む時間は1~2時間ぐらいで十分なんだそうだ。
僕の役割はというと、玉ねぎを刻むこと。まあ、初心者だからこの程度でちょうどいい。ビッキーさんはフライパンにオリーブオイルとバターをしき、そこに水で戻したドライマッシュルームと僕が刻んだタマネギを投入した。
ある程度火が通ったところで、マスタードの風味がほどよく染み込んだあの豚ヒレ肉の登場だ。ヒレ肉が固くならないよう、小まめにひっくり返して火を入れすぎないようにしなければならない。
自分が写っている写真がないので何とももどかしいけれど、実はヒレ肉をひっくり返すこの作業も実際に「体験」させてもらった。
ヒレ肉を3本もいっぺんに調理するのは日本ではあまりやらないかもしれない。この豪快な感じに早くも食欲をそそられてしまう。
表面にいい感じの焦げ目がついたらヒレ肉をフライパンから取り出し、アルミホイルでくるんで少し落ち着かせる。余熱で中まで火を通すということのようだ。
肉を取り出したあとのフライパンでは、“メープルリキュール”とメープルシロップでソースをつくっていく。このリキュールはたぶん日本では手に入らないけれど、メープルシロップと別のアルコールで代替は可能だろう。
メープルシロップのボトルを手にしたビッキーさんが「ドバドバッ」とメープルシロップをフライパンに注ぎ込んだ。「分量は適当でいいの。きょうはそういう気分なの」とビッキーさん。このノリ、いい感じだ。
つけあわせは普通の白いポテトと、オレンジ色のスイートポテトを混ぜ合わせて作るマッシュポテト。皮をむいて茹でるところまではビッキーさん。そこから先、たっぷりのバターといっしょにポテトをつぶすのが僕の役回りだ。
僕はもともと左利き、というか、子供のころに左利きから字を書くことなど部分的に右利きに直させられたので、実は右も左も使える。だから左手でポテトをつぶしながら右手でシャッターを切って、こんな写真を撮ることもできる。
さて、この豚ヒレ肉の料理は、あらかじめ漬け込んでおけば短時間で出来上がるのがいいところだ。ビッキーさんは「30分もあれば十分」と言っておられた。だから仕事から帰ってから、ササッと夕食の支度ができるというわけだ。
アルミホイルから取り出したヒレ肉を切り分けると、内側はほんのりとピンク色が残っていて、柔らかく仕上がっているのが分かる。
切り分けた豚ヒレ肉にさっきのソースをかけまわし、ちょっと赤みがかったマッシュポテトをそっと横に添える。
口に運んでみると、メープルシロップとヒレ肉に染み込んだマスタードが、甘さと辛さのいいバランスを生み出している。ヒレ肉もすばらしく柔らかい。本当においしい。
メープルシロップは肉に合う、それも豚肉が一番だと僕は思っている。日本のスーパーでも結構、カナダ産の豚肉を買うことができるから、この料理に挑戦する時は是非とも、カナダ産の豚肉を使ってみてほしいと思う。
カナダ特産のメープルシロップとカナダ産のおいしい豚肉を使ってつくる料理。これこそ、砂糖やみりんの代わりなんかじゃない、本当のメープルシロップの家庭料理だと僕は思う。
この記事は2014年ごろの取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを一部、加筆・修正しています。
しあわせ写真
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出来上がったメープルシロップと豚肉の料理
日本のスーパーでもカナダ産の豚肉が売られている。メープルシロップの豚肉料理を作るときは、ぜひカナダ産豚肉を使ってカナダ気分に浸りたい。