旅の物語

メープルシロップ ワンダーランド

第4回 ハード・シュガーとの邂逅

カナダ・オンタリオ州

砂糖カエデの樹液に含まれる糖分はおよそ2~3%。これを煮詰めていくとメープルシロップになる。しかしその糖度は66%と決まっていて、ちょっと糖度が違うだけでもメープルシロップにはならない。では、糖度や煮詰める温度が違うとどうなるのだろうか。例えばこの写真のように、樹液からはこんなにきれいな砂糖の結晶をつくることもできる。

「ウィーラーズ・パンケーキ・ハウス」のバーノンさんによると、
①煮詰める温度(つまり糖度)
②冷やし方
③かき混ぜ方
ーの3つによって5種類の「メープル・プロダクツ」がつくられるという。結晶にする場合は糖度が70%になるまで煮詰めていく。

ただし、きょうのお目当てはきれいな砂糖の結晶やメープルバターなどではない。先住民やヨーロッパ人も作っていた、石のように固いハードシュガーの再現だ。
僕は以前、メープルシロップは先住民からどのようにしてヨーロッパ人に伝えられたのかという「謎」を追って、バーノンさんに出会った。

先住民からヨーロッパ人に貴重な「甘さ」の存在が伝えられたのは当時、ビーバーの毛皮交易をめぐって両者の間に一定の協力関係があったから。ただし、その時に伝えられたのはさらさらしたシロップではなく、石のようなハードシュガーだった。
「謎」の答えに行きついて以来、僕は是非とも本物のハードシュガーを見てみたいと思い続けていた。もちろん先住民のようにくり抜いた丸太に樹液をため、焼いた石を投げ入れてハードシュガーをつくることなどできはしない。だからバーノンさんには、メープルシロップと鍋、それにガスの炎を使ってハードシュガーを再現していただくことにした。

日本ではなかなかお目にかかれない巨大な瓶からメープルシロップが鍋へと注ぎ込まれた。
華氏260度(摂氏126~127度)までシロップを煮詰めていく。これなら先住民のやり方とは違って1時間ほどでバードシュガーをつくることができる。

鍋の中にバターが「ふたかけ」ほど投入された。バターの油によって吹きこぼれを防ぐことができるという。
「先住民は杉の葉を使っていたそうだ。常緑樹の葉の油がバターのように吹きこぼれを防いでくれたんだ」
なるほど、杉の葉かあ。人間は実にいろいろな知恵や工夫を生み出すものだと改めて思う。

シロップがふつふつと泡立ってきたら鍋を火から降ろす。少し待って泡がおさまったところでヘラでかき混ぜ始める。すると濃いカラメル色が、徐々に金色へと変化していくのだ。

この時、途中で手を休めてはいけない。最後までかき混ぜ続けることが重要なのだ。そうしているうちにどんどん明るい金色になっていき、まだ液体ではあるもののだいぶ粘りも出てくるようになる。
ちなみにグラニュー糖を作る場合は、鍋を火から下ろしたら泡がおさまるのを待たずにすぐかき混ぜ始める。煮詰める温度と冷やし方、それにかき混ぜ方。この3つがポイントなのだ。

かきまぜて金色になった液体を型に流し込む。どろりとしていて、まだ相当の熱を持っている。火山から流れ出る溶岩のようだ。ハードシュガーは自身の持つ熱で膨張し、徐々に冷えて表面に割れ目を描き始めた。それにしても本当にきれいな色をしている。
一方、先住民のハード・シュガーは、焼いた石を使うことや長時間温め続けることによって黒っぽかったそうだ。

部族の女性や子供たちが昼も夜も、焼いた石を丸太の中の樹液に投げ入れ続け、貴重なハード・シュガーを作った。色が黒く、形も不細工なハードシュガーを手に、男たちは極寒の中、ビーバー猟に向かったのかもしれない。

彼らは長い狩猟の旅の間、捕まえた動物を食べる時に貴重なハードシュガーを石のナイフで削って甘く味付けしたのだろう。
そんな先住民の記憶が、メープルシロップでベーコンやソーセージを甘く味付けするという発想につながっていったんじゃないだろうか。
もちろん、これは僕の単なる想像でしかないのだけれど。

この記事は2014年ごろの取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを一部、加筆・修正しています。

⇒〔続きを読む〕第5回 メープルシロップの大冒険

しあわせ写真

固い砂糖の固まり、ハードシュガー

砂糖カエデの樹液の甘さを発見したのは先住民。ただし、彼らが作っていたのは、さらさらと流れるシロップではなく、固い砂糖の固まりだった。