旅の物語

日本・カナダ TSUNAGARIの物語

第6回 50年前に巨木は海を渡った

カナダ・スティーブストン、和歌山・三尾

この原稿が多くの人の目に触れるころ、和歌山・三尾に贈られるトーテムポールはもう、日本に向けてバンクーバーの港を出発していると思う。今から50年ほど前、同じようにカナダから日本へと巨木が海を渡ったことがある。その巨木は不思議な縁で、大阪の十三(じゅうそう)という街の「バロック喫茶もみの木」のカウンターとなった。これはその店のコーヒーカップ。なんとも味わい深いのだ。

カップのソーサーに描かれているのは、1970年の大阪万国博覧会の際、会場に建設された「ブリティッシュ・コロンビア州館」だ。カナダから太平洋を渡ってやって来た約300本の巨木でつくられ、最さ50メートルもあったこの建造物は「もみの木の彫刻」として人気を博したという。この巨木に魅せられ、万博会場に何度も足を運び、ついには万博終了後に処分されるはずだった巨木の1本を手に入れた方がおられた。その方は仕事をやめ、マスターとして巨木をカウンターにしつらえた「バロック喫茶もみの木」をオープンした。バッハが好きで巨木を愛したから、そんな名前になったそうだ。

5年ほど前に僕はここを訪れ、巨木のカウンターをまじまじと見せていただいた。カナダの太平洋岸には巨木の森が広がっている。日本列島の南をかすめて太平洋を渡り、北米に達した黒潮は暖かく湿った空気を運び、雨を降らせ、この一帯に巨木の森を育てる。カナダで育ち、太平洋を渡り、万博会場で「ブリティッシュ・コロンビア州館」となった300本のうちの1本。それはなんとも言えない重厚な存在感をもっていた。マスターは一見さんの僕に、「店は禁煙にしたから新しいのは作らないので、残っているだけしかないけれど」と言って、気前よく店オリジナルのマッチをくれた。

細長いマッチの箱は、違う面を上に向けて3つ並べると、あの「ブリティッシュ・コロンビア州館」になるという洒落た仕掛けだった。ネットで検索してみると、マスターは2年ほど前に亡くなられたようだ。あの時、僕が「巨木を見にカナダに行っては?」と聞くと、あまり体調がよくないようなことを言っておられたのを思い出す。巨木とマスターが、日本とカナダのTSUNAGARI(ツナガリ)をつくってくれた。三尾に立てられるトーテムポールもまた、新しいTSUNAGARIを生みだしてくれるはずだ。いよいよポールはカナダを出発するのだ。(続く)

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第7回 アンが教えてくれる「これからの旅」

 

しあわせ写真

「バロック喫茶もみの木」

大阪の十三(じゅうそう)にある「バロック喫茶もみの木」。