旅の物語

ケベック・シャルルボア しあわせキュイジーヌの旅

第8回 ハンク鈴木さんに出会った

ケベック州シャルルボア

ベ・サン・ポールで僕は、この地で活躍するハンク鈴木さんという日本人シェフに会うことができた。メープル・シロップをもっと日本で普及させたいとの思い続け、ついにカナダに渡ってしまったハンクさんが、僕に日本とカナダの味を融合させた料理を味あわせてくれた。

メインディッシュは、シャルルボアで売り出し中の牛肉。頭とお尻が黒くて、お腹の部分だけがベルトのように白い「ベルテッド・ギャロウェイ」という牛のフィレ・ステーキだ。
「日本人には少し固く感じるかもしれない」とハンクさんは言ったけれど、そんな心配はまったく不要。牛肉を食べているなあ、としみじみ感じさせてくれるいい歯ごたえだ。

びっくりさせられたのは、このステーキにかけられていたソース。ハンクさんがあみだした、名付けて「ソース・ジブ」だ。
みなさんは加賀百万石の伝統料理「治部煮(じぶに)」をご存知だろうか。小麦粉をまぶした鴨肉をメインに、お麩や銀杏などが入っていて甘い餡がかかっている。この治部煮では、添えられたワサビが実に素晴らしいアクセントなのだ。
煮込む音が「ジブジブ」と聞こえたとか、人の名前から来ているとか、「治部煮」の由来は諸説あるが、とにかくこの「治部煮」をイメージしてできたのがハンクさん特製、ワサビをメープル・シロップで溶いて作る「ソース・ジブ」なのだ。

そして、このフィレ・ステーキにはおいしい付け合せがいっぱいだった。生クリームをつなぎにしたキドニービーンズとカボチャのムースは、メープルシロップと醤油が味を引き立てている。ステーキの横のコーンとリンゴは、甘味に加えてビネガーの酸味があり、シャキシャキした歯ごたえがたまらない。カレー風味のチヂミの付け合せも楽しいし、チンゲンサイが箸休めにいい仕事をしてくれている。

ベルテッド・ギャロウェイのソーセージとオーガニックで育てた豚のサラミソーセージ、そして上には地元のポロ葱が乗り、それをカナダでもトップクラスの味を誇るシャルルボアのチーズがとろりと包み込んでいるこのひと品も最高だ。
アクセントに散らしてあるのはなんと七味唐辛子だった。

フランス料理のハンクさんが、日本の有名レストランからの誘いを振り切ってカナダに渡ったのは1994年のこと。カナダの食材を使ったフードフェアに関わるうちに、メープル・シロップはパンケーキにかけるだけじゃない、もっと日本でメープル・シロップを普及させたいと思うようになったそうだ。
モントリオールのレストランを経て、今の拠点はシャルルボア。2003年にシャルルボア地方で、2008年にはケベック州全体でグランシェフの認定を受けている一流シェフなのだ。

いっしょにカナダに来てから料理人としての道を歩み始めたという妻の宇子(くにこ)さんが用意してくれたのは、鴨のコンフィのお寿司。最初のころ、お寿司はなかなかシャルルボアでは受け入れてもらえなかったそうだが、今では「シャルルボア寿司」と呼ばれてすっかり定着しているそうだ。
料理人にとって、シャルルボアというエリアはどんな魅力があるんだろうか。ハンクさんからはこんな答えが返ってきた。
「シャルルボアという1つのエリアでいろいろ食材があることです」

魚ならマスやサーモン、肉は豚に牛にチキンにキジ、ダチョウみたいな巨大な鳥エミューもいる。ジビエも身近な食材だし、野菜もおいしい。カナダ全土で賞を取ったチーズもたくさんある。
「このエリアの特産はこれ、というのではなく、目に見える範囲にいろいろな食材があるのです」
ハンクさんは、地元の酪農家とともにシャルルボアの牛にりんごを食べさせて、よりおいしい牛肉を生み出すといったことにも取り組んできた。日本のアイデアや調味料、知恵がシャルルボアの豊かな恵みとマッチして、新しい味を生み出す。

最後のデザートは、「ガトー・グランパ」と呼ばれる、シャルルボアの人なら誰でもが知っている素朴なスイーツ。ハンクさんいわく「日本語にすれば、おじいちゃんのダンゴ」。ここにもメープル・シロップが見事に役割を果たしている。
やっぱりシャルルボアは、実りの神に愛でられた土地だ。だからこそ、ハンクさんのような一流シェフがここに呼び寄せられてしまうのだ。

この記事は2014年の取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを加筆・修正しています。

⇒〔続きを読む〕第9回 おいしすぎる島(1)

しあわせ写真

「ベルテッド・ギャロウェイ」のフィレ・ステーキ

ハンク鈴木さんが生み出した「ソース・ジブ」をかけた「ベルテッド・ギャロウェイ」のフィレ・ステーキ。キドニービーンズとカボチャのムースにはメープル・シロップと醤油が入っていたりと、まさに「和」と「カナダ」を融合した料理だ。