旅の物語

永遠のカヌー

第12回 カヌー好きの聖地

オンタリオ州・アルゴンキン州立公園

カヌーを漕いで湖畔にテントをはり、ただただ自然の中で時を過ごすインテリア・キャンプの旅を終えた僕は、オンタリオ州ピーターボローという街にある「カヌー博物館」を訪れていた。

カヌー好きにとって、ここはまさに「聖地」と言っていい。ただし僕が言う「カヌー好き」とは、白樺の樹皮から作られた「バーチ・バーク・カヌー(Birch-Bark Canoe)」が大好きだ、という「カヌー好き」なのだが。

 

Birch(バーチ)=白樺の、Bark(バーク)=樹皮で作られた、Canoe(カヌー)。木の構造物で支えられた白樺の樹皮を、ひも状にしたトウヒの根でつなぎあわせる。釘1本使うことなく、遠い昔から今に至るまで、カナダの大地にあるものだけで作り上げられてきたカヌーだ。
それだけではない。カヌーを担いで歩く「ポーテージ」がそこに加われば、バーチ・バーク・カヌーはどこまでも、どこまでも、遠くに行くことができるのだ。だから僕は先住民が生み出した白樺のカヌーこそ、カナダ史における最高傑作だと確信しているのだ。


僕は以前、オーロラ鑑賞の拠点である氷点下のイエローナイフを取材した際、偶然にも市内の書店で「The CANOE」なる本を見つけ、興奮しながら購入した経験がある。
全編270ページにもおよぶ分厚くて重たい本。最初から最後まで「バーチ・バーク」をはじめとする様々なカヌーの作り方や歴史がつづられた極めて「変態的」な本だ。
29・95ドルという結構な値段が書かれたシールの横には、ピーターボローの「カヌー博物館」とのコラボで出版された本であることが記されていた。
ついにその「カヌー博物館」に、僕は足を踏み入れるのだ。

太平洋沿岸の先住民の手になる丸太のカヌーここにあるのは、僕が大好きなバーチ・バーク・カヌーだけではない。例えばこれは、カナダの太平洋沿岸の先住民が作っていた丸太をくりぬいたカヌーだ。
バーチ・バーク・カヌーは川や湖、つまり陸地にある水での移動を目的としているため、ポーテージができるように船体は軽いし、浅瀬でも進めるように船底は丸くなっている。
 一方、丸太のカヌーは海での移動手段であることから、船体は重いし船底は尖っている。同じカナダのカヌーでも、用途によって形状はかなり異なっているのだ。

こちらは北極の近く、イヌイットが海での猟で使っていたカヌーの一種、カヤックだ。バーチ・バーク・カヌーのようなオープンデッキではなく、クローズドデッキの真ん中の穴に下半身を滑り込ませるようにして乗り、上からの覆いによって中に水が入らないようにする。
木や骨の枠組みにアザラシなどの皮が貼り付られていて、猟の道具である銛(もり)も船体に取り付けることができる。

カヤックには「エスキモーロール」というテクニックある。カヤックがひっくり返っても、体をひねるようにして船体を回転させて元に戻るという、イヌイットが編み出した高度な技だ。ちなみに「エスキモー」という言葉には差別的要素が含まれるため、今では使われていない。
カヌーとカヤックの違いにも触れておきたい。形状の違いもさることながら、決定的な違いは水をかく部分が両方にある「ダブルブレード・パドル」か、片方だけの「シングルブレード・パドル」かが問題だ。広義の「カヌー」のもとに、ダブルブレードのカヤックとシングルブレードのカヌーという2種類が存在している。

それにしても、ここには数えきれないほどのカヌーが展示されている。それにとどまらず、カナダ各地から寄贈された古いカヌーが別棟の倉庫に山のように積まれていて、貴重だと判断されたカヌーは修理を経て、博物館に展示されることになる。

ここにいると楽しくて仕方がない。先住民の知恵は途方もなくすごい。白樺の幹から樹皮をはがし、船体にしてしまうというアイデアはどうやって生まれたのだろうか。白樺はカナダ全土にはえている。だからカヌーが旅の途中で破損しても、現地で修繕が可能なのだ。
なんとエコなのだろう。なんとサステイナブルなのだろう。
僕は何度も同じことを書いている。僕らは先住民の知恵をちっとも超えることができていない。人類はちっとも進歩していない。バーチ・バーク・カヌーの前では、今の世界がいかに「おろか」であるかは一目瞭然なのだ。
⇒次の記事 「第13回 カヌー・ビルダー」を読む
シリーズ「永遠のカヌー」は2015年の取材に基いています。

 

しあわせ写真

白樺の樹皮で作られるバーチ・バーク・カヌー

先住民の知恵が生み出した芸術品とも言うべきバーチ・バーク・カヌー。白樺の樹皮をトウヒの根でつなぎ合わせることにより、1本の釘も使わずに一艇の船を作り上げるのだ。