旅の物語

メープルシロップ ワンダーランド

第7回 サップが春を連れてくる・その2

カナダ・ケベック州

アンドレさんの親戚や友人たちによるシュガーリング・オフ・パーティーは、まだまだ続く。結構、ご高齢の方も、皿にたっぷりと料理を盛り付けて楽しそうに食べている。おいしいものを楽しく食べること、それに気のおけない人たちとの楽しいおしゃべりは何歳になっても元気の源なんだとつくづく思わされてしまう。

さて、シュガーリング・オフ・パーティーのキーワードは、もちろん「春」だ。寒い冬が終わり、待ちに待った春の到来を親戚や友人たちと祝うのがその目的だ。ただし、このパーティーにはもう1つのキーワードがあると僕は思っている。それは「甘さ」だ。

今、日本には甘い飲み物や食べ物が溢れかえっていて、それこそコンビニに行けば24時間365日、いつでも甘いものを手に入れることができる。日本のようにコンビニだらけではないにせよ、カナダだって甘いものにはまったく不自由しないはずだ。

でも、かつての日本は、かつてのカナダは、そうじゃなかったと思う。世代によってその感覚にはズレがあるだろうけれど、子どものころの僕にとって、デパートの食堂でチョコレートパフェを食べるとか、誕生日に大きな丸いケーキを食べるなんてことは、特別なことだった。だから、かつて甘いものが特別で貴重なものだったという事情は、日本もカナダもきっと同じだったろう。

だからこそ、砂糖カエデの樹液で作った石のようなハードシュガーは、装飾を施された型に流し込まれ、贈り物として利用されていたのだと思う。シュガーリング・オフ・パーティーは、ようやく今年も待ち焦がれた「甘さ」を味わえるという喜びにも包まれている気がしてならない。
パーティーのテーブルには、メープルシロップの瓶が必ず置かれていて、ハムやソーセージ、スフレなどの料理にどんどんメープルシロップがかけられる。
最後に出てくるデザートにも、さらにたっぷりのシロップで甘さが加えられる。そして最後の最後に「シメ」として登場するのがメープル・タフィだ。

温めたメープルシロップを平らにならした雪の上にたらし、少し固まってきたらアイスキャンディの棒みたいなやつでクルクルと巻いていく。ケベックの人は、みんなメープル・タフィが大好きだ。
子供のころのシュガーリング・オフ・パーティーの思い出を尋ねてみると、結構な割合で「おじいちゃんがメープル・タフィをつくってくれた」といった返事が返ってきた。

 

そして、ずっと昔のカナダの人たちは、今よりももっと、メープル・タフィに強い思い入れがあったはずだ。なにしろ今の時代に比べ、圧倒的に甘いものに接する機会が少なかったのだから。
この古い写真を見てほしい。こんなおいしいものはないという表情で、女性がメープル・タフィを楽しんでいる。春が来て、みんなに会えて、そして今年のメープルの甘さに出会えた喜び。それをタフィとともに感じているのだろう。

 

「ピック・ボア」に集まったアンドレさんの「小さな親戚」たちも一斉に集まってきて、アンドレさんがメープル・タフィを作るのをじっと見ている。
自分が子供のころ、正月に田舎に帰った時に、親戚のおじさんたちが餅つきをしていたのを思い出した。つきあがった餅にあんこやきな粉がまぶされ、子どもたちにふるまわれた。シュガーリング・オフ・パーティーと同じように、日本でもこんな光景が確かにあった。

お父さんに抱かれて小さな子がメープル・タフィをおいしそうになめている。この子がお父さんのようにヒゲを生やし、子供を抱き上げる日がいつか必ず来るんだと思う。そして、その子供の手には、やっぱりメープル・タフィが握られているはずだ。
メープルシロップはいつまでもいつまでも、春の訪れととともに「甘さ」を味わうことの幸せを伝え続けてくれるのだろう。

この記事は2014年ごろの取材に基づき、カナダシアターhttps://www.canada.jp/に掲載したものを一部、加筆・修正しています。

⇒〔続きを読む〕第8回 黄金色のワイン

しあわせ写真

パーティーで並べられる素朴なきこり料理

シュガーリングオフ・パーティーで並べられるのは、どれも素朴な「きこり」の料理だ。