旅の物語

永遠のカヌー

第8回 ブランケットのポイント

オンタリオ州・アルゴンキン州立公園

もうこうなると「オールスターキャスト」と言っていいだろう。3頭のムースの三角関係を目の当たりにした後、今度はこの旅の主役でもあるビーバーが湖面に顔を出してくれた。

睡蓮の花びらもそろそろ「店じまい」という佇まいで、陽も少し陰り始めた時間帯のこと。ビーバーは濡らした毛をべったりと頭になでつけたまま、せかせかと泳いでいた。

外側の堅そうな毛は、高級帽子ビーバーハットの材料としては使えない。この内側に隠されている、ふわふわの柔らかい内毛を絡みあわせてフェルト地にし、ビーバーハットが作られるのだ。

ヨーロッパに持ち込むと高級帽子に変身するビーバーを捕まえるのは、先住民の役割だった。男性が罠でビーバーを捕獲する。彼らは「トラッパー」と呼ばれた。女性たちはその毛皮をなめしたり伸ばしたりして「製品」にする。「ファー・トレーダー」と呼ばれたヨーロッパ人は、この「製品」を物々交換の形で先住民から入手していた。これがビーバーの毛皮交易であり、毛皮を運ぶのに使われたのが白樺の樹皮でできたバーチ・バーク・カヌーだった。

当時、ビーバーの毛皮と交換する品々として、ヨーロッパ人はヤカン、ビーズ、鉄砲、ブランデー、砂糖などさまざまなものを持ち込んだ。そんな交易品の中で、今も毛皮交易の時代の面影をとどめているのが、ハドソンベイの「ポイント・ブランケット」という毛布だ。

カナダの主要都市には「ザ・ベイ」というデパートがある。かつてのハドソンベイはビーバーの毛皮交易を生業とした会社だった。そして、緑、赤、黄色、そして黒がハドソンベイの特徴的なデザインだ。ただし問題はこの色使いの方ではなく、ブランケットに記された数本の線の方だ。この線は「ポイント」と呼ばれている。大抵の人がこのポイントの意味するところは分からないと思うが、どのブランケットにも必ずこのポイントはついているのだ。

このポイントは、ビーバーの毛皮とブランケットを交換する際の「レート」を示すものだった。先住民がポイントの本数を見れば、このブランケットを入手するのに何枚のビーバーの毛皮が必要かがも分かる仕組みだ。先住民とヨーロッパ人、言葉は通じなくても交易を成立させるためのアイデアとして生み出されたようだ。

我が家へと帰っていくこのビーバーも、まさかブランケットの黒い線が自分たちの毛皮の枚数を示していたなんて、思いもよらないだろう。一方の人間の方も、なぜ「ポイント・ブランケット」という名前なのか、誰も気に留めない時代になっている。ポイントが何を意味するかは、機会があれば「うんちく」として披露する程度でいい。それだけビーバーにとって平和な時代になった。人間とビーバーの距離感は、望遠レンズを通して見えるぐらいがちょうどいいのだろう。
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シリーズ「永遠のカヌー」は2015年の取材に基いています。

 

しあわせ写真

アルゴンキンで出会ったビーバー

夕方を迎えたころ、自分の巣に帰ろうとセカセカ泳ぐビーバーと遭遇した。その毛皮が高級帽子ビーバーハットの材料に変身するため、かつてはたくさんのビーバーが罠で捕られたが、今はそんなこともなくなり、平和そうに見える。